今後の課題
| ●新大陸における最古の土器 | ||
| この講座では、遺跡の調査報告書に基づいてそれぞれの土器文化の絶対年代を報告してきたが、最近 1960年代の調査された遺跡の絶対年代に対して修正が行われるようになってきた(Clark and Gosser 1995)。特に、テワカン谷のプロン文化に関しては、メソアメリカ最古の土器としてB.C.2300年の年代が与えられていたが、最近はB.C.1800年ごろに修正する傾向がある。 | ||
| 図6-2-1は、新大陸の各地で確認されている最古の土器の絶対年代である。この地図を見ると南米の方がメソアメリカより古い土器が多いことがわかる。メソアメリカの最古の土器としては、独立に発生したと考えられている3つの土器文化がある。 | ||
| (1)高地を中心としたテワカン谷やオアハカのプロン−エスピリディオン(Purron- Espiridion)土器文化(B.C.1805年ごろ) (2)北部低地のチャヒル(Chajil)土器文化(B.C.1600年ごろ) (3)チアパス低地のバラ(Barra)土器文化(B.C.1682年ごろ) |
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| 図6-2-1 ↓ |
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| ●メソアメリカにおける問題点 | ||
| 従来メソアメリカの土器は、南米のエクアドルやコロンアとの関連性が指摘され、南米からの伝播によりメソアメリカで土器が出現したと考えられていたが、近年の調査によりむしろ独自に発生したとする説が有力となっている。 | ||
| 土器の出現を考える上では、土器を採用しようとした社会がどのような目的で土器を製作したのかを考える必要がある。縄文土器の場合は、上述したように気候の温暖化に伴う食料資源の変化、その変化に適応するために土器が必要であった。メソアメリカの場合は、紀元前2000年ごろに土器が出現するので気候の温暖化に伴う環境の変化の視点から説明することはできない。それでは、どのような理由があったのだろうか?ひとつのケーススダディとしてチアパス州のバラ(Barra)土器文化を見てみる。 | ||
| バラ土器文化は、近年チアパス海岸のマサトランでクラークらによって再発見されている(Clark and Gosser 1995)。バラ土器文化は、1960年代コウ等によってオコス文化の下層の文化としてメソアメリカにおける最古の土器文化の一つとして認識された(第2回講座参照)。クラークの発見したバラ文化は、従来認識されていたバラ土器文化と同様のものであったが、マサトランからは装飾された豊富なテコマテ土器が大量に出土している(図6-2-2)。褐色、オレンジ色、赤色、白色の単色土器が一般的であるが、red-on- buff, red-on-white, black-on-red, black-on-white等の装飾が施された土器が全出土量の10%を占めた。マサトランのバラ土器文化では、土器は日常品ではなく特別の機能をもった器として機能していた可能性がある。 | ||
| 図6-2-2 ↓ |
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