| 章節要約一覧 | |
| 第1章 豊かさの課題 多くの豊かさ指標の試算では、富山県は上位に位置している。 これは、富山県民が、平坦に広がった富山平野に分散しゆとりを持って居住し、大きめの家族で互いに支えながら生活し、日本の中央部に位置し先人の努力ともあいまって産業のそれなりの集積があるためといえよう。 ただし、個別の統計指標については、それぞれ裏返してみれば貧しさにも直結する。例えば、持ち家率の高さは人の移動を拒否している。施設の多さは経営効率の悪さを意味している。等々。 さらに、これまでの富山県の豊かさについては、その根底から崩壊しつつあるという懸念がある。 ゆとりある郷土は、都市集積のないまま無原則な土地利用を展開させ、弊害の多い自動車社会を出現させている。 大きめの家族は急速に縮小しており、支え合う気風も放棄されつつあるが、代替する質の高い制度の整備が進んでいない。 産業構造が大きく変わる中で、硬直化した中堅企業・大企業はかえって弾力的な対応ができていない懸念がある。 富山県の豊かさについて、どのような評価を下すにしろ、社会が大きく転換していく中で、新たな富山県の方向をしっかりと探っていく必要があろう。 | |
| 第2章 富山の舞台 地球温暖化や人口の少子高齢化、経済のグローバル化などの今日的な課題の多くは、四半世紀前には殆ど確実に起こる事象として見出されていた。しかし、その共通認識の形成には時間がかかり、21世紀に至り幾つかの厳しい現象を前にして、ようやく真に理解され始めた様相である。しかしこの間、必要なリスク管理はなされず、今日に至っても確実な対応の見通しは立っていない。 個別の課題については各節に委ねるとして、地域としては、このような課題にどのような姿勢で臨むのだろうか。「赤信号、皆で渡って、事故に遭ってもしょうがない」を決め込むのだろうか。地域なりの見識で、主体的な対応をそれなりに図っていくのだろうか。ここでは、地域の生き方の基本姿勢が問われている。 さらに、課題の認識、対応に遅れを取る社会制度に大きな欠陥があることも考察の必要があろう。これは知識を尊重し、それに基づく社会の方向作りがなされる制度が欠落しているということであろう。ギデンズの言うように、ある意味での民主主義の深化が必要なようである。 |
第1節 自然と生活の舞台 本節から導かれる課題の多くは、次章以降の話題である。しかし、2点について言及しておく。 地球温暖化については、地域なりの対応も必要であろう。まずは、温暖化防止に貢献するため、自動車社会の再検討など、自らの生活・産業のあり方を変えていくことが必要である。また、温暖化に伴う異常気象等による様々な被害に対して地域づくりの脆弱な側面を改めていくことも当然であろう。さらには、温暖化により世界の食糧事情等に大混乱が起こると予想されるが、できる限り自立できるよう、農地の保全、その他必要な予防策を心掛けていくことも重要である。 県全体としての豊かな自然のイメージに溺れ、かえって日常生活空間の環境保全がおろそかになっている面があるが、県民が共通認識を持ったけじめのある土地利用規制の確立等が急務である。 |
| 第2節 人口動態の転換 世界の先進国では出生率の低下が起こっている。我が国の出生率の低下も同様であるが、長期的な趨勢として自覚するまでに長期間を要した。 この結果、年金制度等を始めとして、人口総数、年齢構成の変動に対する社会体制の整備は極めて遅れている。また、出生率低下の背景にある個々人の家族等に関する考え方の変化に対応した新しい社会のあり方についても基本的な考察がなされていない。 富山の豊かさの重要な背景として、大きめの家族による支え合いがあった。今後、どのような社会を形成していくのか富山なりの考え方があってよいだろう。 他方、外国人の増加については、極めてなし崩し的に事態が進んでいる。我々日本人は、外国人と共生する覚悟を殆どしていない。 | |
| 第3節 経済構造の変革 本節の内容は、県民所得統計をめぐる分析、解説にとどまっており、我が国を取り巻く構造的な課題にはあまり言及していない。しかし、地域のあり方を考えるには、その意味も十分に理解している必要があろう。 産業構造の課題としては、経済のグローバル化の下で、一方で先端的産業の展開が首尾よくできず、一方で安価な労働力等を持つ発展途上国に追い上げられ、地域なりの方向性が見出せない時代が続いている。実態としては、所得の国際的平準化が進んでいる。 所得の分配の課題としては、公的債務が個人の貯蓄を使い込んでおり、殆ど破局を経ないと解決できない状況に近づいている。低迷する景気に対してはセフティネットを一層充実し、債務の削減に耐えていくことが求められている。 支出については、個人消費の低迷が嘆かれるが、むしろ欲望の解放により世界全体が限界に来ていることに気付き、方向修正が必要となっている。 | |
| 第3章 モノづくり指向の産業 日本の産業活動は、経済のグローバル化の中で、先端的産業のアメリカ等と労働集約的産業の発展途上国との挟撃を受けている。さらには、他方で、地球環境問題等に関連して、物へのこだわりからの離脱(ポストマテリアリズム)が求められている。 こうした中で、地域なりの新たな産業集積の形成が必要となっているが、体制化した大企業が多い中で、改革は遅れがちである。 さらに、産業、企業の再編の中で、県民の職業生活の安定をどう求めるか、企業組織での工夫とともに地域社会全体としても安全網(セフティーネット)を充実していくことが必要である。 また、新たな産業集積の形成については、地域なりの知の集積が必要であり、地域に住む研究者など各自が発信し、地域資源が透明化される中で、新たな連携が図られていくことが望まれている。 |
第1節 産業構造の転換点 1990年代前半までは産業の自律的展開としてサービス経済化の動きが見られた。 その後、一方で、アメリカにおける情報技術等の速い展開の中で、我が国の企業が対応に遅れ勝ちになっている。また他方で、ASEAN諸国さらには中国の経済発展によって、多くの産業分野で、日本国内での活動が急速に困難になりつつある。このような我が国の経済活動は双方からの挟撃の中で、次代への方向が見出せなくなっている。 しかし、新しい技術積極的な開発、導入は経済活動として当然であり、進取の気象を失っては、産業が立ち行かないことは当然である。また、経済がキャッチアップされる事態については、古くはヨーロッパとアメリカとの間に、最近ではアメリカと日本との間にあり、自らの努力は続けつつも、素直に受け入れていく構えが必要である。 新しい産業のイメージは、これまでの狭義の産業活動だけでなく、行政、教育研究機関を始めあらゆる分野の活動でその在り方の再検討が求められている。 |
| 第2節 変わる企業経営 富山には、これまでの努力により、それなりの企業集積がある。 しかし、経済のグローバル化の中で、極めて荒々しい市場競争が出現しており、既存の組織の多くは、かえってこの状況に乗っていくことができず、困難に直面している。 さらに、情報技術の進歩によって人と人との関係のあり方が大きく変わり、あらゆる組織の再構築が求められているが、これに対応しようとしていない企業が極めて多く、成果が挙げれなくなっている。 一方で、既存の制度的枠組みの中で努力を怠る組織は排除されていく必要があり、他方で、新たな企業組織の形成を促すよう、様々な手段がとられていく必要がある。 | |
| 第3節 労働の課題 長期的な経済活動萎縮の趨勢の中で、雇用環境は一層厳しくなってきている。また、同時に流動化が進んでいる。 各人は、自らの働く力(エンプロイアビリティ)を高めるよう努力する必要があり、また、各職場においては、それぞれの普遍的な働く力が高まるよう努めることが求められている。 地域で新たな産業を形成していくためには、何よりも人を生かす仕掛けを形成していく必要があり、組織においては才人、産業人、専門家を、地域においては挑戦家を的確に把握し、それに相応しい処遇のもとで活躍するよう配慮していかなければならない。 | |
| 第4節 21世紀産業の構想 経済のグローバル化の中で、我が国での企業の立地は非常に難しくなってきている。しかし、地域の人が働き収入を得ていく場は不可欠である。このため、新たな産業集積の場の形成が必要である。 それは、これまでのように工場立地のための良好な環境を用意するというより、今後の産業の核となる知の集積を形成していく方向である。このため、幅広く地域資源の結集を図り、その知的複合体を形成していくことが求められている。 | |
| 第4章 堅実な生活 家族・地域社会を支える気風が、これまでの富山の豊かさを支えていたが、こうした県民の意識は、近年、大きく変動している。しかし、人々の安定した生活を支える新たな社会システムの形成は遅れているように見られる。 他方、アジア等の国々の経済的離陸や地球温暖化問題への認識の高まりの中で、先進諸国の過剰消費が明確になってきたが、こうした欲望を抑制する動きは、まだ社会的な合意を形成していない。 各自なりの価値ある生活を求める新しいライフスタイルのデザインが必要である。これについては、新しいネットワークの形成を背景とした市民社会の活性化が鍵となると見込まれている。富山にあっては、こうした自発的な動きは概して低調ではあるが、健全な民主社会の形成には欠かせない方向である。 |
第1節 生活の枠組みの変化 日本人の生活意識は大きく変化しており、中でも富山県民の意識は大きく振れている。 しかし、種々の社会システムの変革は伴わず、社会に必要な機能要件が充足できなくなってきている。 これに対応するため、市場機構、政治機構とともに市民社会機構が成長し鼎立していく必要がある。 |
| 第2節 絆のある暮らし 家族、地域社会のあり方が大きく変化してきている。自らがどのような家族を形成し、地域社会でどう行動するかは各自の選択であろう。 しかし、これまで、そこで担われてきた機能をどう充足し、各自の生活の安定をどう確保していくか。各自がそれぞれ備えるとともに、新たな社会制度の形成が求められる。 例えば、子供を誰が育てるのか。その際生じる、その負担の社会的な不公平をどう解消しておくのか。また、地域社会がいろいろな機能を放棄し、全てを行政等に委ねるのも、負担が嵩む。 | |
| 第3節 安心した暮らし 富山県での高齢者福祉は、家族内自立から施設依存へ大きく振れている。 しかし、尊厳ある生のためには、高齢者の自立を基本としつつ支援する中間的なシステムの形成が一層求められる。 また、介護保険等では、富山県なりに工夫し、家族による支援を積極的に支持することも求められる。 | |
| 第4節 健やかな暮らし 健康への努力の成果として、平均寿命が著しく伸びてきた。 しかし、一方で、際限のない医療への努力は、財政的困難をもたらしている。これは、既にイヴァン・イリイチが指摘しているとおり、医療行為自体が我々の手から取り上げられ自己増殖的に拡大しているということであろう。 我々は、欲望を全開にするのでなく、自然の生を素直に受け入れていくことを検討していく必要がある。日常生活でも、医療、保健の現場でもこれをシステムとして内包していくことが求められている。 | |
| 第5節 学び続ける暮らし 富山県の進学率は極めて高い。しかし、教育が手段化している懸念がある。また、生涯学習の活動には熱心な地域である。しかし、知を愛する気持ちが育っているかは定かでない。 統計的情報だけでは見出し難いが、教育・学習分野での最も大きな課題は、それを充足するべき社会的機能が時代に対応しなくなっていることであろう。不登校やモラトリアム、知識の軽視などはその典型的な現れと考えられる。 一方では、子供の数の減少から、教育組織の再編が課題になっている。 こうした中で、教育組織の再編により、今後社会に必要な機能を充足していくことが期待される。しかし、制度化自体に、多様な価値を伸ばしていくための環境形成とは矛盾する側面があり、既存組織の内発的運動には、的確な再編が期待し難い。 本来、学習の課題は、個々人が対応していく事柄であるが、一方で、教育については、広く社会全体で対応する必要がある。このため、既存の教育機関は外に開かれた組織となるよう努める必要があり、同時に多くの人が、教育活動に参画していくことが求められている。 他方、地域の経営にとって、知的創造が極めて重要となってきており、高等教育機関等の開放と活性化が期待されている。 | |
| 第6節 価値ある暮らし マズローの欲求段階説を受け入れるか否かはともかく、我々の欲求を文化・スポーツへと昇華させていくことは、持続可能な生活を求める上でも重要だという見方がありえよう。 既存の体制はともかく、ここでコンヴィヴィアルな世界を実現していくために、情報ネットワークの積極的な活用が望まれる。 | |
| 第5章 ゆとりある郷土 これまで、県民は、富山平野全体に分散して居住していたことにより、空間的ゆとりを享受していた。 現在、世帯規模の縮小と人口の富山市等に向かっての集中により、新たな住宅地が求められ、各都市の郊外に小規模な団地が陸続と形成されている。また、これと連動し、大規模小売店等の事業所の立地も数多く見られる。 しかし、都市周辺のスプロールは、ほとんどが農地を蚕食するものであり、農地の保全、魅力ある都市の形成、効果的な施設整備、自動車利用の抑制等々の面で多くの課題が生じている。 これまで分散居住社会であった富山において、地域なりの今後の土地利用のあり方について、明確な合意を形成し、土地開発関連事業のあり方を軌道修正していくことが急務であろう。開発事業には、産業活動としての価値もあり、重要な意味を持っている。しかし、変化すべき産業構造をかえって温存し今日に至っているとともに、財政的限界にも至っている。 |
第1節 土地利用の変化 農地の都市的利用への転換が急速に進んでいる。これは、人口の減少や都市の空洞化等々の実態から考えると、本来避けられるはずである。 一方、世界的な食糧危機を目前に地域なりの農地保全への努力が急務となっているなど、土地利用上の様々な課題が現れてきている。 幾つもの法制度に基づいた土地利用計画があるが、実態は、土地所有者の利益など局所的、短期的視野から運用され、地域にとっての大局的、長期的な視点がないがしろにされている。 |
| 第2節 都市集中と過疎化 人口の都市集中、一層の核家族化の中で、都市部での世帯・住宅の増加が見られる。しかし、都市計画は県民の日常生活圏全体を覆っておらず、結果として、都心の空洞化と郊外地での住宅地等のスプロールとが同時に進んでいる。この結果、自動車の利用を前提とした、都市集積のイメージに乏しい、魅力のない地域が形成されつつある。 このため、県民の共通の認識として、富山なりの魅力ある都市のイメージを形成し、スプロールの防止、各種施設の都心立地を図り、都市の再生を促していくことが急務となっている。 他方、過疎地域については、財政事情の厳しい中で、自立の可能性を再検討し、存続を含めた厳しい選択が迫られている。 | |
| 第3節 居住環境 富山では、戸建て持家指向が極めて強く、富山市等の郊外部で小規模団地の開発が陸続と続けられている。 しかし、戸建て持家にこだわる結果、かえって必ずしも良好でない整備が進められている面がある。 土地利用計画の再認識やライフサイクルに沿った新しい住生活観の確立が急務である。 給排施設等の整備は、分散居住の富山にとって非効率な事業であるが、これまで、かなり進めらてきている。この結果、残余の部分は、一層非効率なものとなっている。このため富山なりの整備が工夫されることが一層求められている。 | |
| 第4節 交通の課題 分散居住社会で自動車の利用は欠かせない。しかし、際限のない利用の拡大は、地球温暖化、農地の改廃、交通事故の発生、交通弱者の生活の貧困等々、多くの問題を噴出させている。 この結果、当座は一見便利でありながら、長期的に見れば、不便で、貧弱な地域社会の形成が進んでいる。 欧米の幾つかの都市で公共交通のあり方の再検討、再構築が進められているが、富山においても急務である。 広域交通については、その必要性はいうまでもないが、広義の採算性を検討しつつ、厳しく選択していくことが求められている。ただし、地域独自の選択により財政配分ができる状況ではなく、二律背反した言動が避け難い。 | |
| 第5節 情報・通信 情報技術が急速に進歩するなかで、ネットワークインフラの整備、各種機器の導入が進んでいる。 各種団体が、このような技術を効果的に活用するには、組織の再構築が必要であるが、殆ど進められていない。もはや情報技術の内容より、それを扱う体制の限界が大きく出ている。 さらに、インターネット形成には、コンヴィヴィアルな道具としての期待があるが、その夢も容易には社会に広がらない。 新しい社会の形成を目指すには、技術を基礎に置きつつも、社会システムの再構築が課題であることを明確に認識して、変革を促していく必要がある。 | |
| 第6節 変わる安全の課題 富山は、いろいろな意味で安全な地域づくりを実現してきている。 しかし、交通事故を含む不慮の事故は、重大な死亡原因となっている。一般の疾病に対する姿勢と甚だしくバランスを欠いており、自動車利用のあり方等を基本から問い直す必要があろう。 一方、富山平野は複合扇状地が広がる氾濫原であったが、多様な努力を重ね、自然災害の防止を実現してきた。 しかし、今後予想される地球温暖化による異常気象がもたらす災害には、直接的な治山治水事業のみでなく、土地利用も含めた総合的な危機管理を進めていくことが求められている。 一つには、地球温暖化防止への責務をいかに果たしていくかであり、地球的視点に立てば、明らかに過剰消費に陥っている我々自身の生産消費活動の再検討が求められている。また、異常気象災害については、治山治水対策の強化とともに、災害に強い県土利用のあり方こそ問われている。さらに異常気象がもたらす、食糧不足などの二次的災害にもできる限りの対策を講じていくことが必要である。 | |