インターネットが支える地域文化活動
―多様な文化活動の発信―


 インターネットが多くの人に活用されるようになってきており、多くの人がそれぞれの関心事について、多様なホームページを開設して発信するようになってきた。
 富山県に関連した情報発信もかなり増加しており、それらを容易に捜し求めることもできるようになってきている。
 →情報システム活用の古い分析

 富山県関連の情報検索の手法として、まず、各種ポータルサイト(関連情報のリスト集)があり、これ自身は、GoogleYahooなどの汎用検索サイトで地域(「富山」)と「ポータルサイト」などとのクロス検索で探すこともできる。

事例
  富山情報ナビ
  NET-TOYAMA
@富山県を範囲とした包括的なポータルサイト
 2000年頃一斉に開設され、現在も活動を継続しているものも多いようだ。
 ただし、商業・サービス業活動などに傾斜した営業用のポータルサイトも多い。


事例
  なんと-e.com
A市町村等を範囲とした一層身近なポータルサイト
  各市町村のサイトの中にもこのような内容が含まれていることも多い。


事例
  富山地球環境ホータルサイト
B特定分野の地域ポータルサイト
  汎用検索サイトで「富山」、「ポータルサイト」のクロス検索でかなりでてくる。ただし、商業・サービス系の内容が多い。
  全国サイトの富山編もあるが、富山県の内容が空白である場合が多い。


C特定分野についての富山に関連したサイト
  各自の関心事についての身近なサイトを探すのであれば、汎用的検索サイトで地名(「富山」)と分野名のクロス検索で丹念に探せば、思いのほか見つかるようだ。


 以上のようなサイトを経由して、各自各様の関心に沿った地域なりの発信がかなり見つかるようになってきた。
 このようにして、各自の活動から、情報発信、交流から、相乗効果による一層深まった活動の展開が期待できるようになってきている。


 文化的活動の活性化
 地域文化の活性化という課題があるが、このことについては、なかなか語りにくい。その要因としては、文化の定義・範囲が明らかでないこと、個人的問題であり地域として捉えることに意味が見え難いこと、さらには行政における文化政策の歴史的経緯などがある。
 まず文化の定義・範囲について小生は、「文化とは、それぞれの地域社会で形成されてきた共同して生きるための知恵・習慣」として捉えている。我々人類は、凡そ20万年前にアフリカで生まれ、アフリカ内で、さらにアフリカを出て世界中へと拡散した。我々は、拡散以前に形成された人類としての遺伝的な資質を持つとともに、それぞれの地域で共同して生きるための工夫をこらし、それを知恵として身に付けてきた。あるものは習慣・道徳として語り継がれ、あるものは法として制度化し、あるものは芸術とてし洗練されてきた。つまり社会的生活を支えるための地域なりのあらゆる工夫を文化として捉えたい。ちなみに文明とは、普遍的で人類共通に流布しうるものであり、世界に広まり共有されている科学・技術がその典型であろう。
 文化活動とは、こうした地域なりに自ずと、あるいは意図的に形成してきた文化を確認していくことであり、我々は、自らのアイデンティティの確認として文化に触れたい衝動を持っていると考えられる。さらによりよき地域社会での生活を求め文化を磨いていくことは大切な行動であろう。また他地域との共同のためにも自らの文化を説明していく必要がある。
 個々人の文化活動を評価する必要などないが、それぞれがその成果について、情報を発信し、相互交流を図っていくことによって、一層内容を深めていくことが期待される。この期待の中に地域としての文化の活性化という課題が存在するのではなかろうか。
 我が国での地域文化政策は、戦後は教育委員会の業務とされ、社会教育・文化財保護行政の一環として捉えられてきた。まず、広く社会教育では民主主義的発想を啓蒙し・生活改善を促していくことが主眼とされ、埋蔵文化財や伝統的文化遺産は保護し伝えていくべきものとして捉え、芸術文化は振興すべきものとして別格で捉えられた。その後、社会教育については、生涯教育(リカレント教育)・生涯学習に変質し、芸術文化活動も重ねられていった。特に、1990年前後には、その活動のための施設として、文化ホール等が数多く建設され、箱モノ行政として揶揄されている。さらに、教育委員会の所管では、活動内容が狭いとして、文化政策を首長部局に移す自治体もあらわれた。そうした中で、行政の文化化として、街の中に芸術作品を設置することなども進められた。

 結局は、文化政策が固有の行政分野として縦割り的に捉えられてきたことに限界があり、横割り的課題であることを認識することから出発しなければ、地域文化の活性化は扱えない課題なのではなかろうか。
 中川幾郎は「分権時代の自治体文化政策」(勁草書房2001年)の中で、松下圭一、森啓の主張をまとめ文化行政の基本的な柱としてMKモデルを提示している。ここでは戦略分野の軸として@市民文化活動の活性化、A地域・都市文化の創造、B行政の文化化があり、文化活動の軸として@表現、A交流、B蓄積を掲げている。文化政策の基礎には、市民活動があり、その成果の上に、各分野での行政の文化的展開があり、また行政手続き等の再確認があるということであろう。ちなみに近年注目されている観光振興などは、まさに市民活動の存在の上に成り立つものであり、観光だけが一人歩きできるものではないだろう。
 MKモデルでは、市民文化活動の活性化についての段階として、表現、交流、蓄積が掲げられているが、これが上述のインターネットの活用で飛躍的に展開できることは間違いない。
 既に、地域の人々・組織の自発的な活動による各種の個別サイト、ポータルサイトがある。これに何を追加していくかの議論をするのでなく、このような文化活動とインターネットの関係の認識を深めていくことこそ大事であろう。そして、各自なりにサイトを整備し発信していく、時にはポータルサイトも整備してみる、さらにインターネット上での交流、実社会での交流を展開していくことが求められているのであろう。行政は各人の自発性を尊重しつつ、その活動の支援とし何ができるか検討していく必要があろう。

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(Sept.11,2008)