存在意義を見失った都心小売店
―小売店の動向と立地―

 富山市の校下(小学校区)別小売商店数の増減は、地域によって明確な違いがある。
 特に、中心部では、減少が目立ち、中でも総曲輪等では、11年の間に3割強の減少となっている。
 これに対し、郊外の一部では、著しい増加が見られる。


 商店数の減少については、主として、旧来からあった零細な商店の廃業が中心である。
 このため、古くから商店が集積していた地域ほど減少幅が大きくなり、逆に、商店の少なかった地域では廃業との相殺が少なく増加する結果となっている。


 さらに、小売商業の活動の変化の実態として、年間販売額の変化を見ると、やはり中心部、特に総曲輪等での減少が大きい。
 これに対して、大幅の増加が見られる地域は、特定の大型店の進出等が背景にあり、郊外で多く見られる。


 ちなみに、小売販売額の推移を地域別に見ると、中央では1991年が、南部では1997年がピークとなっており、20002年でも明確に伸びているのは東部のみとなっている。また、市全体では、1997年がピークであり、富山県全体としての消費の低迷もあるが、大型店の展開が富山市の範囲を超えて広がっていることの影響も現れていると考えられる。

(Apr.19,2004.Add.)



 ちなみに、県内市町村毎の販売額の増減を見ると、富山市に関連する商業活動の郊外化が、さらに明瞭になる。
(統計データ)

(Jan.10,2005.Add.)



 富山県全体での従業者規模別商店区分において、総ての層で売り場面積の拡大が図られており、既存都市内での小売商業の活性化が困難なことが推測される。


 また、富山県の業態別の商店数の変化では、各専門店の減少が大きく、これに対して増加が著しいのは、各種専門スーパーやコンビニエンスストア、ドラッグストア等である。
 なお、中心店の増加が見られるが、これは、商品構成の専門性が低くかつセルフサービス形式の比重も一定程度にとどまっている商店であり、専門店とスーパの中間的な位置で利便性を狙った商店である(都心という意味ではない)。

 このように、増加を示したのは、自動車を使って来店できる郊外や人口の集中、増加している住宅地での開店であり、専門店を中心とした都心部での業態は減少している。
 

 ちなみに、1990年代における富山市都心部での人口減少は特に大きく、総曲輪、八人町では2割以上の減少となっている。


 このような事情を背景として、都心部の歩行者調査では、いずれの地点においても、急速に来街者が減少している。

 

激減する来街者
―富山市中心商店街歩行者通行量―

 全国各地の都市で、中心商店街が郊外大型店の立地等に対して劣性となり衰退している。
 富山市中心商店街でもこの趨勢は顕著であり、歩行者数も激減している。特に、2003、2006年調査の歩行者通行量は一段と少なくなっている。2007年8月調査では前年に比し横ばい気味に推移したが、この結果だけで、減少趨勢に変化があるとはいえないであろう。
 特定日の通行量調査では、調査日の催事や天候等の状況、再開発事業の影響もあり、即座に趨勢を読むことはできないが、長期的な減少趨勢は続いている。 賑わいの衰退は来街者の一層の減少をもたらし悪循環の様相となっている。
 2007年9月の総曲輪フェリオ開店の結果、今後どう推移していくかは、関心のあるところだが、趨勢の転換は、容易ではないだろう。


 仮に地区毎に通行量の平均をとって見ると、最近10年間で半減近い状況となっていることが鮮明に読み取れる。
 これは、今後、減少幅の逓減はあるとしても、あと10年程度で寂れ切ってしまうことを意味しているのではなかろうか。

(Jan.09,2005.Rev.)



 一方、富山駅周辺については、横ばいが続くが、概ね21世紀に入って、中心商店街の歩行者を超えるようになってきている。


 従来、富山市の専門店を中心とする都心商店街が担っていた、いわゆる買い回り商品の販売は、自動車で来店し易い郊外部の専門スーパーに置き換わっている。また、都心部では、住宅地域での利便性を求めたスーパーの立地もない。現実を厳しく直視すれば、もはや市民・県民からは、都心部には、小売商業の機能が求められていないということであろう。

 中心部再活性化の必要性については、魅力ある都市として、賑わいのある中心地域が不可欠であり、これがないと県境を超えた都市間競争に打ち勝っていくことができないと主張される。これ自体、事実だろうが、地域に住む人の行動に訴える主張ではない。
 今後の地域づくりの大きな枠組みを捉えた上で、どのような仕組みで、その地域づくりを進めていくか、明確な展望が求められる。

 人口減少時代に各種社会資本の蓄積を有効に活用しないという選択はない。また、交通弱者となりがちな高齢者が増加する時代、地球環境に配慮すべき時代であり、もはや、我々の居住・活動空間を広げていく時代でないことは明らかであろう。むしろ富山市でも主張されているとおり、コンパクトにまとめていくべき時代である。それは、既に蓄積された多様な資産を有効に活用することとなり、人口減少・高齢化に即応した方向であり、環境問題からも望まれるものである。

 しかし、個々人にとって、コンパクトにまとまった都市を求める動機はない。この意味で、短期での都心部再活性化は極めて困難である。

 都心部の衰退は、自動車社会に対応していないためであるが、かといって長期的に自動車を受け入れる都心部を造ろうとするのは、都心部活性化の趣旨から言って無意味であろう。このため、まず、長期的な展望の下で、公共交通の整備・利用促進が図られる必要がある。ただし、都心部での自動車利用の直接的な規制は当面は逆効果であろう。環境問題の認識が一層高まる中での規制はあり得よう。
 これと同時に、創造的な活動・生活の場の形成が図られる必要がある。関係者が一体となって、市民・県民に新しいコンセプトを提起していくのでなければ、郊外大型店に競り勝つことはできない。一方で、都心への各種私的公的サービス業の集積、人口の再集積を図り、これらの集積を相手とした商業の再構築を図っていく手順を踏まざるを得ないのではなかろうか。しかし、関係者に、このようなシナリオで展開していく資力があるだろうか。

 他方、今後の都市づくりを限られた中心商店街だけに任せるかの問題もある。一定範囲での公共交通の整備の中で、日常生活の変革と重ね合わせた街づくりを構想していく視点も求められる。


(統計データ)
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狭い範囲にとどまる再開発事業の効果
―富山市中心商店街歩行者量調査(2008年)―

 富山市の中心商店街では、昨年9月総曲輪フェリオやグランドプラザの開店があり、同時に大和富山店の移転がっあった。開店当初の賑わいも一段落した、本年夏時点で結果はどうでているか。
 このたび、富山商工会議所が例年夏に行っている歩行者量の発表があった。ちなみに本年の調査は、日曜日が8月24日、平日が8月21日木曜でそれぞれ8:00-19:00の時間帯で行われている。
 ⇒詳しい内容平成20年度歩行者通行量調査結果(概要版)pdf資料

 まず、長期的に通行量を調査している8地点合計の推移では、平日で前年比減少、日曜日で横ばいの結果となっている。
 ただし、8地点に含まれている地点のうち再開発事業のあった総曲輪西側の地点はファミリーマート南側のみである。


 地点別では、新たな施設ができた、総曲輪西側のファミリーマート南側、インフェイズ前、エルサカエ前などでは、増加が見られた。(⇒地図参照)
 しかし、旧大和富山店周辺の旧コーヒーフィールズ前、マツイ電器前、旧メンズトゥモロウパートU前では明らかに減少している。
 一方、中央通りでは、マクドナルド南で横ばい、北陸銀行本店前で減少、P.O.BOX前増加とまちまちになっている。

 歩行者通行量については、調査日の天候や開催されている諸行事等の影響も大きく、一日限りの調査で趨勢は断定できない。
 しかし、昨年の富山市中心商店街での再開発事業の成果については、新たな施設の集客はこれまで以上のものとなっているが、その影響範囲は狭いものにとどまっているということであろう。

 また、早急な判断ではあるが、今般の再開発が長期的低下趨勢を変えたとは見られないのではなかろうか。



 



(統計データ)

(Oct.01,2008)



 

シェア減少のくいとめ
─富山市中心商業地区の再開発効果─


 2007年9月に総曲輪フェリオ、グランドプラザが開設され、中心商店街の人通りは、一旦は若干回復した。しかしその後、緩やかな減少を続けているようだ。(歩行者調査は、実施日のイベント、天候等々の影響が大きく、1,2回の結果だけで、確実な判断ができるものでない。)

 富山市郊外での新たな小売業の展開は概ね2000年頃に一段落しており、中心商業地区での幾つかの大型店等の閉店は'00年代半ばに終了している。しかし、富山県全体としての人口減少が進んでおり、さらに景気の低迷も続いている。このため、歩行者通行量は、横ばいないしは、若干の減少気味の推移であれば、県内での地位を維持し続けているとなるのであろう。

 今後は、高齢化の中で、あるいは公共交通の再整備と環境意識の高まりの中で、中心商店街の再帰の潜在的可能性があるとも見られる。しかし、これまでの中心市街地に物販サービスの提供が必ずしも期待されている訳ではない。このため街中を新たな生活の場として提起し、数多くの関係者の具体的な行動があってこそ、街中の再生が期待できるのではなかろうか。


 このためには、「中心商業地区」という言葉でなく、「都心部生活地区」として、例えば、東は不二越上滝線、西は神通川で挟まれる範囲を捉え、鼬川や松川も取り込んだ生活空間のイメージアップを図っていくという方策が必要なのではなかろうか。
 富山駅北の環水公園周辺も重要な拠点となると考えられるが、範囲が発散し過ぎであろうか。また、環水公園周辺の整備・管理は県の事業となっており、市の都市整備の構想に十分に取り入れられているかの懸念もある。

 いずれにしろ、こうした範囲での「生活物語」が描かれる必要があろう。そして、この前提として、多くの人の手によって、いろいろな活動(イベント)が仕組まれていく必要があろう。



郊外等での新たな展開
1998年アピタ東店開店
1999年アリス開店
2000年ファボーレ、K3、ニトリ、PLANT-3開店
2001年神島リビング開店
2002年イオン高岡SC開店/草島東線開通
中心商業地区からの撤退
2002年長崎屋富山店、無印良品閉店、
   ウィズシネマ閉館
2003年マクドナルド中央通り店閉店
2006年富山西武閉店
中心商業地区での新展開
2001年西遊房オープン
2004年街なかサロン樹の子、
   ダイワロイネットホテルオープン
2005年CUBY、剣の湯オープン
2007年フォルツァ総曲輪、にぎわい横丁、
   総曲輪フェリオ、グランドプラザオープン
2009年てるてる亭オープン/セントラム開通
2010年地場もん屋総本店オープン


地区毎の通行量の推移
総曲輪地区
 総曲輪については、2003年のマクドナルド(中央通り)の閉店、2006年の富山西武の閉店で、通行量が大きく減少している。
 2007年秋の総曲輪フェリオ、グランドプラザの開設で一旦は減少ををくい止めているが、2009年には新規開店の効果が解消しており、今後の動向が気になるところである。






総曲輪以外の中心地区
 中央通りについては、2002年の長崎屋・ウィズシネマの閉店、2003年のマクドナルドの閉店、さらには2006年の富山西武(総曲輪)の閉店等で、通行量が大きく減少してきており、この歯止めがかかっていない。





富山駅周辺地区
 富山駅周辺については、2006年に富山ライトレールが開業しており、北口等に明確な影響がでている。





(統計データ)

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(May.04,2011)



(May.04,2011.Rev./Nov.24.2003.)