第5章 モノ作り指向の産業
第2節 各業種の動向
第7項 商業の動向(2)−−小売業−−

かなり多い小売業事業所
─2009年経済基礎センサス─

 商業は産業大分類では卸売業,小売業として一つの分類となっている。さらに中分類は取扱商品別となっている 。しかし、近年、事業のやり方が変化してきており、特に、小売業で事業の実態を捉えられるには、業態で把握すること必要となってきている。

 卸売業については、産地卸と消費地卸に大別されてきたが、情報システムの浸透の中で大きく変容しつつあり、その存在自体も問われている。
 消費地卸については、商品に見合った適正な人口を元に適正な地域範囲を設定して立地するため、中枢都市がある都府県に集中している業種がある。富山は比較的閉じた県ではあるが、卸機能は一部隣接県に流出していることが予想される。
 他方、産地卸については、製造業の立地を背景として立地する面がある。このため、富山県では一部の業種で多くなっている。


 小売業については、消費者の需要を充たすため地域の人口分布に即して立地してきた。また、通勤通学で生活圏が都府県境を超えている大都市圏では、中核の都府県に立地が集中している。一方、自動車の利用、情報システムの浸透の中で、大規模店の展開、コンビニの普及があり、これまでの多様な商品に分かれた小規模な小売店が急速に減少している。
 富山県では、人々が富山平野に分散して居住しているため、人口総数に比してより多くの小売店があったが急速にその数を減らしてきている。しかし、今日でも相対的には人口当たりでみてより多くの小売店がある。


 卸売業で特に多いのはアルミサッシを含む建材等の卸である。
 小売業では、織物衣服等が特に多くなっている。




 小売業のうち織物衣服等の小売はどの小分類でも、全国と比較して事業所数、従業者数がかなり多くなっている。
 飲食料品では、鮮魚については全国と比較して事業所数、従業者数がかなり多くなっており、工場生産される菓子パン、酒についても多めである。しかし、野菜果実等については逆に少なくなめとなっている。


(統計データ)

(Dec.27,2011)


売上減少の中で面積拡大の終息
―2007年商業統計・小売業―

2007年資料・グラフ一覧

 富山県の小売業について、事業所数は、零細店の多さから、既に1980年前後から減り始めており、1990年代以降さらに急速な減少が進んでいる。
 年間販売額については、1990年代末の人口減少局面への転換とほぼ時期を同じくして、減少し始めているが、2007年にあっては、景気の緩やかな回復の中で、減少幅を若干小さくしている。
 また、従業者数については、販売額に少し遅れ、2000年代に入って減少し始めており、2007年統計でも大幅の減少を続けている。
 他方、売場面積については、拡大を続けているが、近年に至ってその幅が小さくなり、面的拡大の終息が見えてきたようである。


 ちなみに、年間販売額の減少の緩和と従業者数の大幅減少の持続によって、従業者当たり販売額は、増加している。


(統計データ)

(Apr.17,2008)


 

物販を都心には求めない
―小売販売額の変化―

 富山県全体では、人口の減少とともに小売販売額も減少し始めた。
 しかし、市町村毎に見た場合、人口の増減率と小売販売額の増減率(2004年−2007年)には、あまり相関がない。



 富山県内市町村の小売販売額の変化(2004年−2007年間)を建制順に、見ると、富山・高岡・魚津と最初の3市が減少、続いて氷見・滑川・黒部・砺波の4市及び射水が増加、残りの7市町村は減少と並んでいる。
 建制順のうち、市については、古いものから順となっており、最初の3市は、かつて県の中央部、西部、東部でそれぞれ商業の中心であった。現在、小売店の郊外での立地によって、各市の都心部の商業の衰退が進んでいると理解されている。

 通常、商業立地の郊外化と言われるが、県全体で見れば、近隣化と捉えることもできそうである。
 つまり、もはやかつての地域の中核都市の都心商店街に、消費財の提供を求めなくなっているといえる。
 

 富山県内で見られる上述のような変化は、都道府県毎の小売販売額の状況でも見られる。

 都道府県毎の小売販売額の増減率を見ると、専ら大都市圏での増加が際立っている。



 都道府県統計の場合、人口と小売販売額の双方の増減率は、一定の相関を持っている。
 しかし、大都市圏の中では、中心都府県が人口増加に見合う増加と必ずしもなっていない。
 大都市圏の中心都府県である東京・神奈川・愛知・大阪・福岡・広島での小売販売額の増加率は、この趨勢線に比してより低いものにとどまっている。
 これに対して、大都市圏内の周辺県である千葉・埼玉・三重・静岡・岡山等での小売販売額の増加率は、この趨勢線に比してより高いものとなっている。
 さらに、新潟、石川、福井、茨城、宮城等では、人口が減少したにもかかわらず、小売販売額が増加している。


 都道府県の小売額の増減率の地図では、東京圏、関西圏において、それぞれ周辺部の県で一層増加している様相がみられるといえよう。


 都市の再生が小売商業(物販)の再活性化で語られることが多い。しかし、これは効果のない考え方かもしれない。
 環境問題等に配慮すれば、都市の中心にまとまって住むコンパクトシティのシナリオは的を得ていると考えられるが、だからといって、都心商業が活性化するシナリオを描いても、そのためのメカニズムがないと実現できない。
 コンパクトシティ実現のためには、物販ばかりでなく、都心で多様な活動が展開され、それに付随して多様なサービスが生まれてくるむこと必要であろう。これは、産業クラスターの形成の考え方とも重なるものと思われる。
 都心部での魅力ある生活を実際に展開し、その情報を発信することが大事なのではなかろうか。一方で、このような都心での新しい生活を見つけて、顕彰していくことが重要であろう。
 
(統計データ)

(Dec.08,2008)

 

買回り型商店街の返上
―歩行者数調査―

 富山市中心商店街の歩行者数は、2007年9月のフォリオ開設にもかかわらず、横ばいで推移している。また、2006年以降は2008年を除き、休日の歩行者数が平日の歩行者数を下回っている。
 このことについては、消費不況の影響を勘案しなければならないだろう。しかし、地域の性格は異なるが、富山駅周辺での歩行者数の推移では、2006年、2007年持ち直しの傾向も見られ、単に不況のためと始末することはできない。
 年々の調査結果は、調査当日の天候や近隣でのイベントの状況などで変動するが、最近4年間の値から見ると、富山市中心商店街は、もはや休日型の商店街、言い換えると買回り型の商店街ではなくなってきているといえるのだろうか。平日と休日の歩行者数が同じというのは、最寄商店街の特徴にも思える。
 これには、人口の高齢化の中で無職の人の来訪が増加していることや中心市街地居住者の増加の影響もあろう。さらには、週日が休業の人も増えているかもしれない。
 いずれにしろ、こうした変化に対して、商店街のあり方も大きく変化していく必要があろう。イベントの打ち方も異なってくるのかもしれない。
 もちろん、流れに抗って休日の来訪者を盛り返す方策もあろう。ただし、これは、これまでいろいろと努力されているものだろう。


 今日、大概の買物は郊外大型店で可能となっている。
 中心商店街の特性であるブランド品販売店などの立地も際立ったものでなくなており、消費者のブランドを求める傾向も変化している。
 そして、中心街を訪ねることが、個々人の生活の中での特別なイベントではなくなっている。

 このような状況の中で、人々を中心商店街に引き付けるためには、何を提供するのかそのイメージを関係者間で改めて確認し、個々の事業者がそれに向けて事業内容を変革していくことが重要であろう。同時に、それを消費者にアッピールしていかなければならない。

 基本的には、単に物販だけではなく、多様な生活サービスの提供が必要であり、集客施設の整備が求められる。例えば、金沢21美術館のような施設である。
 市民病院は最良の集客施設であったのだが既に移転している。国際会議場、富山市民プラザはどのような役割を果たせるのだろうか。

 これは公的施設という意味ばかりでなく、個々の事業者がそれぞれの立場で工夫し、恒常的なイベントを創りあげていくべきことでもある。
 しゃれた喫茶店、飲食店の開設や文化・健康等々の各種サービスの提供など増えていくことが望まれ、そのような事業を展開する起業者にスペースを積極的に貸与していく工夫などがあるのかもしれない。

 県外からの来訪者を念頭におけば、例えば、池田屋安兵衛商店が好例であろう。あるいは、ますのすし本舗源のやっている製造過程の公開を中心商店街でやる人がでないのであろうか。蒲鉾の生産・展示があってもいいかもしれない。

   路面電車の環状線が整備されるが、集客のための多様な仕掛けが重ねられていくことが求められる。
 これまで、このような提案は様々になされてきていると思われるが、なかなか実現しない。

関連過去分析


(統計データ)

(Oct.07,2009)



大型店化の中で衰退に向かう小売業

富山県の小売業の規模2002年富山全国都道
府県
順位
事業所数15,4551,300,057-
従業者数(人)76,8987,972,805-
年間商品販売額(百万円)1,244,825135,109,295-
売場面積(u)1,595,066140,619,288-
人口千人1,119 127,435 -
人口当たり商店数店/千人13.81 10.20 3
人口当たり従業員数人/千人68.72 62.56 1
人口当たり年間販売額千円/人1,1121,0607
商店当たり従業員数人/店4.98 6.13 41
商店当たり販売額百万円/店80.55 103.93 35
従業員当たり販売額百万円/人16.19 16.95 24
経済産業省「商業統計表」
 富山県の小売業の現況については、小規模な商店が多数あることが特徴である。



大型店化の中で衰退に向かう小売業
―2004年商業統計―

 富山県では、小売店舗数(事業所数)は、1980年代から概ね四半世紀にわたって減少し続けている。
 また、従業員数については、1990年代から横ばいが続いている(統計の基礎の改訂による変化は除いて見る必要がある。)
 他方、販売額については、1990年代末から減少に転じ、以降漸減している。
 1999年の商業統計は調査商店の把握を特に補っており、過去の統計と非連続となっている。このため、変化の検討に際しては、前回統計(1997年)を補正した数値を用いる必要がある。
 →
1997年−1999年の変化


 県内各市町村毎の小売商業の最近5年間の変化を見ると、店舗数については、ほとんどの市町村で大きな減少となっている。
 増加が見られるのは、人口が急増している舟橋村、及び人口増加を背景に大規模店舗が建設され、その内部・周辺に多数の店舗が立地した婦中町の2町村のみであった。


 小売店舗が大規模化する一方で、店主が高齢化した零細店舗の消滅などが急速に進み続けており、小売店舗数の減少は、必ずしも懸念することではないかもしれない。特に、富山県のこれまでの小売業については、小規模な商店が多数あることが特徴であった。
 しかし、こうした動向の中で、各都市の都心部でも多様な店舗が消滅しており、都市の空洞化の大きな要因となっていることは間違いない。


 従業者数の変化では、富山市、高岡市を含め多くの市町村で減少しているが、一方で増加している市町村もある。
 増加を示した市町村については、概ね、この5年間に大型店が立地した市・町などであり、核都市の都心の空洞化が進み、商業活動が県下全体にさらに拡散していることが見られる。


 販売額については、5年前に比較して増加した地域は、大型店の展開等があった限られた市町村であり、その他の市町村では減少となっている。
 景気低迷の影響もあろうが、人口の減少、さらには物的消費の限界なども販売額の低下の要因と考えられ、産業活動としての限界が現れているとも見られよう。
 さらに今後は、通信販売の隆盛も念頭に置く必要があろう。


 ちなみに、従業員一人当たり販売額も低下しており、今後、小売商業は、雇用の場としての機能も縮小していく可能性が大きい。


 このような小売商業の状況の下では、富山市・高岡市の都心再生は、単なる商業活動の再活性化のみでなく、新たな発想がなければ不可能であろう。具体的には、多様なサービスと並存した生活のある街としての新たな展開が必要である。生活の場として居住の場の整備による人口の回帰も求められる。
 地域の新たな創造についての共通認識を形成し、関係者の協働があることによって始めて再活性化が可能である。特に、経営資質・意欲に欠く所有者の下では再生は困難であり、土地・店舗といった営業資産の流動化も必要である。単に郊外での土地利用規制のみでは、都心土地所有者の努力を促すことにはならないことに留意が必要である。

(統計データ)

(Apr.29,2006.Rev.)


 
 事業所・企業統計によって小売商店数の変化(1996-2001年)を業種別に見ると、富山県では、各種商品小売業を除き、全ての業種で減少している。
 ちなみに、全国では、各種商品小売業のほか自動車・自転車小売業のみが増加している。


 一方、従業者数については、各種商品小売業以外に、飲食料品小売業で若干の増加があったが、その他の業種では減少している。
 このように、業種別の統計では、全体の減少が見られるのみで、構造的な変化の理解は難い。


 しかし、新設事業所・廃止事業所に関する統計では、卸小売業飲食店合計が、1996年に28,993店あったのに対して、1999年までの3年間で4,824店の廃止があった。
 一方、同期間に新設されたのは3,072店舗で、差し引き1,921店舗の減少となっている。

(統計データ)



 

雇用の急減、店舗展開の限界
―小売業の業態別変化―

 小売業全体の販売額の減少の中で、個々の事業者は厳しい淘汰に直面していることは間違いない。
 以下では、小売業の業態別に、マクロ的統計で見た最近10年間の動向を整理する。
 最近10年間の前期(1997-2002年)はバブル経済崩壊後の低迷が続いていた時期であり、後期(200-2007年)は緩やかながら景気の回復が続いていた時期であった。


 まず年間販売額について、前期に15.8%の減少であったものが、後期には5.6%の減少と小幅にとどまっている。
 これは、前期に伸びの大きかった住関連や衣料関連のスーパは減少に転じ、コンビニエンスストアも低い伸びにとどまったのだが、専門店の減少が軽微にとどまり、特に住関連では増加になったことが要因である。
 また、前期に新たな業態として現れたドラックストアの伸びも大きかった。






 事業所数については、前後期それぞれ15.7%減、15.4%減と同程度の変化となっている。
 後期には、店舗数で太宗を占める専門店の減少が若干小幅となったが、ドラッグストアを除くスーパの減少があり相殺されている。



 就業者数については、前期では4.9%の増加であったのに対して、後期は10.3%の減少に転じている。
 これは、専門店での減少が続くと共に、スーパーでも前期の大幅増加から後期の減少へと転じたためである。
 販売額の減少の小幅化にも拘わらず、就業者の大幅な減少への転換は、事業者間の価格競争等が厳しいためであろう。




 売り場面積については、前期の6.5%増から後期の1.7%増へと増加が小幅化している。
 これについては、スーパーの増加の小幅化があったが、専門店・中心店で減少の小幅化、特に住関連専門店では横ばいとなっており、全体で若干の増加という結果になっている。



 就業者一人当たり販売額について、前期には大幅の減少となっているが、これは、総販売額の大幅減少の結果である。
 後期には、総販売額の減少が小幅化するとともに、就業者の大幅減少があり、一人当たりで横ばいとなっている。


 以上のように、後期の5年間では、コンビニエンスストアを含めスーパーの伸びに限界があらわれ、小売業全体として販売額減少の小幅化にも拘わらず従業者の減少が大幅化し、同時に売り場面積増加に頭打ちが見えてきている。

 参考;→2002年統計による分析

 このように、人口減少の中で、今後、小売業に雇用の場の拡大を期待することは、困難になってきていると捉える必要があろう。
 また、売り場面積の増加が限界にきており、新たな都市を形成していく力が期待できなくなっていると捉える必要があろう。しかし、都市の発散を抑制し、既存の都市を守っていく兆しが現れてきたとも解釈できる。
 いずれにしろ、2008年からの景気の急激な後退の中で、小売業の動向を注視していく必要がある。

(統計データ)

(Mar.23,2009)


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表紙

(Dec.27,2011Rev./Sep.17,2002Orig.)