第5章 モノ作り指向の産業
第2節 各業種の動向

第6項 可能性の高い富山県の製造業
−−多様な業種、中堅企業の存在−−

一進一退の回復
―鉱工業生産指数の動向 2010年末まで―

 2009年、2010年の鉱工業生産は、リーマン・ショック後(2008年9月15日)による景気の落ち込みからの回復過程にあったが、2010年半ばからは踊り場の状況にある。
 なお、2011年年初に至り、再び回復基調に乗ったとも見られている。

 まず、リーマン・ショックにも拘わらず、生産の落ち込みが見られなかったのは、医薬品である。富山県では、ジェネリック医薬品を中心に2010年後半も拡大が続いている。
 化学工業には医薬品が含まれており、その他業種の落ち込みにも拘わらず、全体として、横ばいが続いた。
 機械関係は、いずれも大きく落ち込んだ後、2009年半ばから回復過程にあったが、2010年後半には、電気機械、輸送機械が再び落ち込み、一般機械は横ばいとなっている。これは、景気の回復過程での生産の拡大が消費の拡大へと順調に繋がっていないことを意味するとともに、長期の後退後の生産拡大のもとで設備投資需要が見られるということであろう。
 鉄鋼は、2010年後半に横ばいとなっている。


 食料品については、今般の景気局面の中での落ち込みはなく、横ばいが続いている。
 プラスチック、繊維は特に落ち込みが大きく、その回復もはかばかしくない。
 その他の業種の動向は、概ね製造業全体と同様のものとなっている。


 →長期的推移の都道府県比較(Feb.04,2011)

(統計データ)

(Mar.01.2011)



製造各業種の後退時期に見る業種の状況
―後退局面転換の時間的ズレ―

 2002年2月に始まったいざなみ景気は、69ヵ月間の戦後最長のものとなった。しかし、雇用情勢の回復ははかばかしくなく所得の停滞減少から消費需要の減少が続いており、またサブプライム問題から資金が商品市場へ流入し原油価格が高騰することなどによって世界金融危機が生じ輸出の減少等が始まることによって、2007年10月を境として景気は後退に転じた。さらに、2008年9月15日のリーマン・ショック以降、景気は、急速に悪化している。

 ここで、この景気の後退と製造業各業種の鉱工業生産指数の転換時期を比べて見る。
 まず、景気全体の転換点である2007年秋以前に後退している業種としては、繊維、金属製品、プラスチックが上げられる。
 繊維については、中国を中心とした発展途上国との競合の中で長期停滞をやむなくしている。
 金属製品については、建設需要の落込みの中で、アルミサッシの不振が続いている。
 プラスチックについては、以前には携帯電話の筐体等の需要が大きかったが、現在では一段落している。

 景気全般の変動と同期して、あるいは、景気変動の中核となっている業種としては、一般機械、電気機械が上げられ、輸送機械も、変動が激しいが、概ねこの時期に一旦大きく落ち込んでいる。



 一方、景気全般の後退後も小康状態を保ち、2008年末に至って後退に転じた業種として、パルプ・紙・紙加工、鉄鋼、非鉄金属の基礎素材型業種が上げられる。
 食品も2008年後半以降に落ち込んでいる。

 他方、化学については、医薬品の好調により拡大し続けていたが、やはり2008年後半に落込みが見られる。


(Jun.06,2009)

 

大幅に減少した工業生産
―2009年工業統計調査結果―

 リーマンショックにより2009年には工業生産が大幅に落ち込んだことは周知の事実である。その回復過程にある現時点で、2009年の工業統計にみられる動向を語っても興ざめであろう。
 以下では、簡単なコメントだけにしておく。

富山県の製造業の変動(4人以上事業所)

2008年2009年増減増減率
出荷額等10億円3,929 2,868 -1,061 -27.0%
従業者数125,576 116,230 -9,346 -7.4%
事業所数3,336 3,040 -296 -8.9%
 2009年の工業出荷額等は2008年に比して27%の減少となった。リーマンショックの影響は2008年の第4半期にも含まれており実態は、さらに大きな落ち込みであったといえよう。
 また、従業者数の落ち込みについては、年末比で7.4%減となっている。実数で9,346人の減少であり、雇用情勢の厳しさがうかがえる。


 長期的に見れば、工業生産は2000年代に入り、ようやく回復基調に入り、生産の拡大が見られたが、従業者数については拡大に至らず横ばいにとどまっていた。これが2008年9月のリーマンショックによって、再度、急激に落ち込む結果となった。


 出荷額等の推移では、県内工業で大きな位置を占める業種については、いずれも2009年に大きく落ち込んでいる。


 機械工業については、2001年から電気、2008年から一般機械、精密の分類が再編成されており、統計が見にくくなっているが、県内で大きな比重を占める業種はいずれも大幅の落ち込みとなっている。


 2008年から2009年の変化については、右の寄与度グラフが分かりやすいであろう。
 石油・石炭で特定事業所の撤退があったことがはっきりと分かる。
 また、食料品、飲料・飼料、繊維は増加となっている。(繊維については、鉱工業生産指数との整合性が疑問である。)


 従業者数の変化については、出荷額等の変動ほど急激でないことは当然であろう。
 しかし、金属製品や機械での大きな落ち込みは、雇用情勢に大きな影響を与えていることをうかがわせる。
 ちなみに、医薬品を含む化学は、2009年には、むしろ増加となっている。


 出荷額等と同様に、県内で大きな比重を占める業種は、2008年には、いずれも落ち込んでいる。


 2009年中に金属製品、生産用機械がそれぞれ従業者数を2,000人近く減少させている。
 食料品、飲料・飼料、繊維については、出荷額等の増加にも拘わらず、従業者数は2009年に減少している。


(統計データ)

(Mar.01,2011)




一般機械が最大業種(出荷額等)に
―2006年工業統計―


 富山県の製造業(4人以上企業)の状況を見ると、出荷額等については、2002年を底にした再び増加してきており、2006年では、バブル経済期の最高水準にかなり近づいてきている。
 これに対して、従業者数については、2002年を境に下げ止まり、以降、横ばいで推移してきている。
 他方、事業所数については、バブル経済の崩壊以降、減少基調が続いている。


 業種別の出荷額等については、業種の定義の変更や事業所の業種区分の変動等があり、不連続な部分があるが、金属製品の長期的な減少に対して、近年、一般機械、化学、非鉄金属などが着実に増加している。
 さらにプラスチック等を含め、基礎素材を中心に多様な業種が存在していることが、富山県の特長となっている。
 ちなみに、2006年時点では、一般機械が出荷額等の最大業種となった。


 長期的推移の転換点となっている2002年から最新時点の2006年までの出荷額等の変化の業種別寄与度を見ると、一般機械や非鉄金属の寄与が大きいことがわかる。
 なお、金属製品については、一部事業所の業種区分の変動があったようであり、その他と合算して、変動を見る必要がある。


 従業者数の推移については、出荷額等の推移と対応しているが、電子部品や化学、石油・石炭など装置系の基礎素材業種では、従業者数は横ばいないしは減少となっている。


 さらに、最近の変化の寄与度で見ると、食料品、繊維、衣服などのいわゆる軽工業での従業者の減少が目立つ、これらは、中国等の発展途上国との競合が厳しいということであろう。


 事業所数の推移については、ほぼ全ての業種で減少の趨勢が続いている。


(統計データ)

(Oct.18,2007)




地場で育った多様な中堅企業が存在
─2009年経済基礎センサスにみる製造業─

 富山県内の製造業事業所の従業者総数131千人であり、全業種の事業所従業者総数575千人の23%を占めている。
 全国でのこの比率は16%に留り、都道府県の中では7位の高さとなっている。
 富山県でこのように製造業が集積しているのは、まずは日本の中での地理的位置によるところが大きいであろう。
 さらに、他地域との比較こそし難いが、明治以降の港湾・鉄道・工業用地等の基盤施設の整備、水力発電の展開、そして企業誘致など多くの先人によってなされた努力も評価される必要があろう。
 企業誘致のための努力は、戦後も新産業都市建設、テクノポリス整備など営々と続けられてきた。
 こうした中で、戦前既に多くの企業の集積があるとともに、戦後は軍需産業が民需化する中で多くの起業家が輩出された。これらの企業では創業者から代が変わりさらに次の世代へと引き継がれて、中堅企業として育っているものが数多くある。



【金属製品製造業】
 県内で従業者が最も多い業種は、金属製品製造業であり、約27千人で、全体の29%を占めている。
 従業者数が金属製品製造業で最も多い例は他県では見られない特色であるが、ちなみに大阪府でも最大となっている。
 富山県で金属製品製造業が卓越しているのは、高岡の鋳物の伝統の上に、新産業都市によるアルミ精錬の誘致(現在は廃止)を核としたコンビナート形成があり、アルミサッシの製造が開花したためである。
 ただし、現下の景気低迷の中でビル・住宅建設等の限界があり、さらには情報化の中で工務店取り込みに遅れもあって、厳しい状況で推移している。

【化学工業】
 化学工業では医薬品が太宗を占めている。医薬品については、江戸時代からの伝統の上に、近代産業の新たな展開があったもので、誘致企業もあるが、優れた製造工程のもとにジェネリック医薬品の生産、あるいは請負生産をしている企業も多い。同時に独自の医薬品開発をしている企業も多い。
 他方、かつて豊富な水と電力を背景とした肥料等の企業の誘致があり、現在も製品を更新しつつ生産を継続している。

【電子部品・デバイス・電子回路製造業】
 電子部品・デバイス・電子回路製造業については、誘致された半導体企業が大きな位置を占めるが、地場で生まれ育った企業の集積もある。

【食料品製造業】
 食料品製造業も従業者数が10千人を超え大きな位置を占める。ただし、富山県の農業は水稲単作に特化しているため、他地域のようには、多様な食料品産業は育っていない。米に関連しては米菓がある。また、水産練り製品(蒲鉾)等が地場の資源を活用した製造業となっている。
 他方、地域の消費需要に応える製造業としては、パン、生菓子、麺類等がある。

【プラスチック製品製造業】
 多様な日用雑貨の開発製造、医薬品用等の容器製造、その他工業製品の資材の開発製造などで集積が形成されている。

【生産用機械器具製造業・はん用機械器具製造業】
 戦前からの重化学工業の集積に対応して、産業用機械等の企業が地場で生まれ育ち集積している。特に、軸受け、産業用ロボット、金属工作機械等の規模が大きい。

【輸送機械】
 誘致企業としてバスの生産基地があり、地場の自動車製造企業もある。さらに地場で生まれ育った部品企業もある。

【繊維】
 誘致による鉄道駅毎の紡績工場等の立地があった。また福井・石川とは並ばないが、明治中期に織物企業が設立されそれなりの集積を形成してきた。特に、伝統的な織物の転換により、ニット産地の形成もあった。こうした中からスポーツウエア企業も出ている。

【非鉄金属】
 高岡の伝統産業として銅鋳物の集積がある。
 また、新産業都市建設でのアルミニウム精錬を契機として、その二次精錬、圧延、ダイカストの集積がある。

【印刷】
 地場の多様な需要に応えるとともに、医薬品関連の需要が印刷業を発展させ、大都市圏以外としては、比較的水準の高い集積がある。こうした企業は地場だけでなく他地域の需要開拓にも努めている。

【鉄鋼】
 かつて豊富な電力による製鋼の立地があった。

【電気機械】
 電力会社の存在と関連して、発電用等の機械企業も大きい。また抵抗器、リレー等の地場で生まれ育った部品企業もある。

【窯業土石】
 県土保全を始めとする各種の公共事業、その他事業に必要な部材を供給するため、セメント・同製品の一定の集積がある。
 また、板ガラスについても、アルミサッシ等との関連で集積しており、技術開発も進められている。

【パルプ紙】
 豊富な水を利用した誘致型の製紙所の立地があった。
 また、医薬品産業の需要への対応などとして紙器製造の立地もある。



(統計データ)

(Jan.04,2012)



富山県の製造業の特徴

多様な業種
 各都道府県に関し、製造23分類で製造品出荷額等の最大の業種を見ると、約6割の28府県が電機機械で占められている。次いで輸送機械が7県、食料品が3道県、さらに化学3県、一般機械2県、石油2県と続いている。残りは、印刷出版の東京、そして金属製品の富山である。
 富山で金属製品が卓越しているのは、アルミサッシ産地の形成によるが、全国でも際だった特徴といえよう。
 (→2004年最大業種)

 (→1995年各業種詳細)


 一方、従業員数で最大業種を見た場合は、四国・九州を中心に、食料品に変わる県が多数見られる。

 富山県の製造業は、金属製品を含め基礎素材型に特化しているといわれる。
 しかし、金属製品を加工組立型に含める4類型の基準で見ると、地方資源型はやや少ないものの、概ね全国平均に近い構成となり、それなりにバランスの採れた業種構成と見ることもできる。
 (→1995年版)


 中分類業種で出荷額等の多いものから順に並べ、その構成比の累計を求めると、富山の累計値は各都道府県に比べて低い位置を移行する。これは業種構成の多様性を表しているものである。


中規模業の優勢
 一方、従業者規模別事業所で出荷額等の構成を見た場合、富山県での最大区分は300-人規模であるが、中規模事業所である100-299人規模もこれに並んでおり、他地域に比較した場合、中規模事業所の比率が特に高いものとなっている。
 (→1998年版企業規模)


 さらに、人口当たり従業者数では全体として他地域より大きいが、特に、30-299人規模の大きさが際立っている。


近年の変化

全体としての推移
工業統計
4人以上事業所
1991年2001年増減率増減率
都道府県
順位
出荷額
(十億円)
全国340,835 286,330 -16.0 -
富山県3,879 3,317 -14.5 33
事業所数
(所)
全国430,414 316,179-26.5 -
富山県4,925 3,937-20.1 5
従業者数
(人)
全国11,351,033 8,856,437-22.0 -
富山県154,140 131,015-15.0 8
 2001年は、バブル経済絶頂期の工業生産のピークから、10年間経過した年である。
 この間、富山県での製造企業(4人以上事業所)従業者数は、154千人から131千人へと、15.0%、23千人減少した。しかし、全国での22.0%減少に比べれば、減少幅は少なく、都道府県の中でも、減少の相対的に軽微な県となっている。
 また、出荷額等については、3,879十億円から3,317十億円へと、14.5%、562十億円の減少であり、比率では、従業者数と見合ったものとなっている。さらに、全国での減少率は16.0%であり、富山県より高いが、工業生産の集中している大都市地域で減少率が高いため、都道府県の中では、富山県は比較的大きく減少した県となっている。

 なお、2002年の1年間では、従業者が、富山県では4.5%、全国では4.9%の大幅減少となっている。


 右図は、各都道府県の出荷額等の変化率と従業者数の変化率の関係を見たものである。上述したように、富山県では、出荷額等が比較的大きく減少しながら、従業者数の減少は相対的に軽微に留まっている。
 これは、富山県には、地場企業が比較的多く、雇用の維持に努力している現われと考えられよう。しかし、反面では、各企業組織の構造改革があまり進んでいない結果でもある。
 地域全体としては、就業の他業種等への転換が円滑に進んでいるか否かが問題であり、製造業の変化についての評価は、雇用情勢等を含めて、総合的に判断する必要がある。
 しかし、富山県の雇用は、例えば有効求人倍率で見ると、かつて相対的に高い位置を維持し続けていたが、2001年半ばに急速に全国平均並みに低下している。これは、雇用調整が遅れていたと見るべきなのであろう。


 一般に、製造業の生産活動の減少は、大都市地域ほど大幅であった。
 出荷額等の10年間の変化で、九州・山陰・東北などで増加を示した県があるが、これは電気機械の工場立地などによるものである。また、沖縄では石油工業の立地があった。


 製造業生産のピークであった1991年以降の年々の変化を見ると、富山県では、出荷額等については、1997年に一旦1991年水準に回復しているが、その後さらに急落している。2000年の若干の回復については、生産の縮小の趨勢の中でも在庫循環が見られ、この回復局面にあったためである。これと同様に、2002年も小康状態の推移となっているであろう。また、1991年を基準とした場合、富山県の最近の推移は、全国と概ね同水準となっている。
 従業者数については、年々の減少が続いている。特に、近年は、減少速度を若干強めているようにも見られる。2001年には、これまで比較的高かった富山県の有効求人倍率が全国並みに落ち込んでいる。
 事業所数も基本的には減少を続いているが、回復局面の1997年前後では横這いで推移し、その後再び、減少速度を強めている。




 

出荷額等は回復したが従業者数は横ばい
―2005年工業統計―

 2005年の工業統計表が発表された。富山県では、金属製品の出荷額等の減少は続いているが、化学、一般機械、非鉄金属、プラスチックス等が拡大し、全体としても2002年を底に拡大を続けている。
グラフには、業種分類の定義の変更及び個々の企業が属する業種の変化で 不連続な箇所があります。

 一方、就業者数については、一般機械で回復が見られるが、その他は低調で、全体として横ばいで推移している。


(統計データ)

(Jun.07,2007.)



製造業の回復は力強いか
―2003年工業統計―

 2003年工業統計では、製造品出荷額等、従業者数、事業所数いずれも前年比で増加に転じた。
 特に、従業者数が前年に較べて増加したのは、1990年代初めにバブル経済が崩壊して以降初めてである。ただし、これまでの減少は極めて大きく、2003年限りの反転を積極的に評価するのは早急すぎよう。


 この節は、企業を回り情報を集め、実態を踏まえて記述していくべき内容ですが、取り敢えず、仮説として整理したものです。
 工業統計での1年限りの変化で、今後を推測することは危ういが、製造業の回復力を考える要点を整理すると以下のようになろう。
 製造品出荷額等の2003年の前年比増加寄与度の高い業種を幾つかに分けて考えてみる。
 まず、中国の経済の成長による輸出需要を背景に伸びていると考えられる業種として、電子部品、一般機械があげられそうである。この需要については、当面堅調に続くものと予想される。電子部品については、誘致型の半導体製造が大きいが、地場で育った、企業もある。一般機械については、地場で育った企業が多い。
 次に、国内消費需要の拡大を背景に伸びていると考えられる業種としては、電子部品、一般機械に加え、金属製品さらに非鉄金属があげられよう。消費需要の拡大が確実に続くかは見極め難い。特に、金属製品については、アルミサッシが太宗を占め、住宅需要の動向から見て、多くは期待し難い。
 地域企業の積極的な技術革新、営業努力によって伸びていると考えられる業種としては、化学、電子部品があげられそうである。化学では医薬品が太宗を占め、必ずしも新薬によるものではなくともそれなりに成果を収めているようである。
 地域が自律した活動を展開していくためには、技術革新を展開し、営業努力を継続する地場企業の存在こそ重要である。さらに、地域に多様な起業があり、特定分野についての地域なりの事業集積が形成されていくことこそ、今後の地域経済にとって大切であろう。


業種別長期推移

 金属製品については、特定企業の業種区分の変化により大きく変動しているとみられるので、その他との合計で推移を見ることとする。また、電気機械については、2002年より、電気製品、情報通信、電子部品に分けられたが、以下では、情報通信、電子部品及びこれらを含んだ旧来の電気機械に区分して見る。さらに、繊維工業及び衣服・その他の繊維製品製造業については、1994年に業種分類の定義の再編があった。

 出荷額等の推移では、最も割合の大きい金属製品が、'98年以降に大きく落ち込んでおり、2003年に至ってようやく横ばいとなっている。
 その他の業種については、1991年以降、概ね横這いで推移し、景気循環の中で1997年、2000年にピークを見せていたが、2003年でも再度好転している。
 業種別の長期的な趨勢については、電気機械は若干の上向き、化学は横這い、一般機械は下向き、プラスチックは2001年以降下向きとなっているが、2003年以降の動向に期待される。
 なお、こうした推移は、鉱工業生産指数の動向によっても見ることができる。
 (図のみ2004年統計を追加)





 従業者数の推移について、最大業種の金属製品は、概ね'94年に最大となり、その後大幅の減少を続けていたが、2003年に若干の回復を見せたようである。
 電気機械を始めとする多くの業種は、'91年以降減少を続けていたが、2003年には幾つかの業種で回復が見られた。なお、繊維及び衣服等は、それ以前からの長期にわたる減少となっている。また、一般機械については、'97年以降は横這いで推移していたが、2002、03年に落ち込んでいる。
 なお、プラスチックスは、'90年代を通じて増加基調で推移していたが、2001年以降横ばい気味で推移している。これはいわゆるIT不況に関連するものであろう。さらに、化学工業もほぼ横這いで推移している。これは、医薬品等で底堅いものがあると見られる。
 (図のみ2004年統計を追加)





 事業所数の推移を見ると、最も事業所数の多い、金属製品を始め多くの業種で、'90年代を通じてあまり変化せず推移した後、'99年に至り減少が始まり、2003年にようやく横ばいとなっている。
 食料品、電気機械など多くの業種については、減少が継続している。
 繊維工業及び衣服・その他の繊維製品製造業については、業種区分の再編成は別として、著しい減少が続いていることは明確である。
 (図のみ2004年統計を追加)


(統計データ)

(Jun.09,2006.Rev./Oct.02,2004.Rev.)






 これまでの製造業の推移を過去10年間全体の変化の寄与度で整理すると、プラスチックスや化学、輸送機械については、概ね底堅いものが見られるが、これらの業種は、、知的創造を核とした生産を展開している業種と考えられる。
 また、食料品比較的堅調であるが、これは、地場消費の傾向が強く、国外との競合が少ないことによろう。
 電気機械については、出荷額等が一定水準あるにも拘わらず、従業者数の減少が大きい。これは、誘致型企業の限界がでているといえよう。
 一般機械については、先に述べたように10年間の中では、前半に従業員等の落ち込み、後半には横這いの推移と変化している。
 金属製品については、最近年の落ち込みが激しく、地域の雇用等に大きな影を落としている。
 繊維・衣服等については、長期的な衰退が続いている。ただし、事業を国外へ移転した企業もあり、企業経営と地域経済の盛衰に乖離があることにも留意しておく必要があろう。
 なお、以上のような内容について、県内の地域毎の動向を見ると、西部地域で特に厳しい状況となって現れている。
 (→1990年代の整理(工業統計2000年版))
 (→工業立地の動向 日本立地センター統計による概況
 (→2006年工業立地


零細規模の事業所縮小、大規模の規模縮小
 従業者による事業所規模別の事業所数の推移では、1990年代を通じて、4-9、10-19人の小規模事業所の減少が進んでいる。


 これを従業者数で見た場合、逆に300人以上事業所での減少が大きく、特に'90年代後半には、減少速度を速めている。


 出荷額等では、300人以上事業所での'98、'99年の減少が大きい。100-299人事業所では増加傾向にあるが、一部は事業所の区分替えの影響の可能性もあろう。



 マクロ統計だけで、今後の製造業の方向を十分に検討することはできない。しかし、機動的な経営のための大規模企業の再編成の中で中規模が優勢であることは一つのメリットであろう。また、多様な業種が存在することも、地域企業の相互連携による事業の創造にはメリットとなる。
 課題は、こうしたメリットを最大限に生かしつつ、将来へのシナリオについて、一定の共通認識を持ち、関係者各人のそれぞれの場での努力が結集され、結果として新しい産業集積を具体的に形成していくことができるかどうかであろう。
 なお、近年の産業策も概ねこうした方向に変わってきていると考えられる。


(統計データ)



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表紙

(Mar.01,2011Rev/Sep.28,2002.)