第5章 モノ作り指向の産業
第2節 各業種の動向

第2項 崩壊する農業

米作一辺倒
─著しく特化した富山県農業─

 農業産出額のうち米作のウエイトは全国では22%であるが、富山県は71%と極めて高い。
 これに次ぐのは、野菜、鶏などであるが、それぞれ6%程度であり、限られたものとなっている。
 さらに米作の実態は、大多数が兼業農家であり、農業生産で生計を建てていこうとする農家は極めて限られている。


 全国で米作のウエイトが高いのは、富山県に次いで、福井、滋賀、新潟、秋田、石川と並んでいる。

 このような米作一辺倒で専業農家がごくわずかな地域において今後の農業を議論する場合は、米作については、兼業農家の退出をどうやって促すかが課題であろう。またその他の農作物については、個別の農家が実際に何をやろうとしているかが問題である。このため抽象的に農業生産の未来を語っても殆ど意味を持たない。
(統計データ)
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(Dec.04,2011)



極めて多い集落営農
─集落営農制度は兼業農家温存策か─

 2010年の富山県での集落営農数は、779であった。
 これは、宮城、滋賀、兵庫に次いで多いものである。

 しかし、組織形態では、7割以上が非法人で、残りの殆どは農事組合であり、株式会社は5組織に留まっている。


 また、各組織の従事者については、3割近くが主たる従事者がおらず、さらに主たる従事者が1以下の組織は9割近くとなっている。
 都道府県の中でも沖縄を除き最も営農態勢が弱いように見受けられる。


 このような統計から見ると、少なくとも富山県での集落営農は、産業的農業を発展させようとする制度ではないようである。
 全国では、耕作放棄地の拡大を防ぐための次善策となっているようだが、富山県では、いわゆる第二種兼業農家を維持していくための手立てとなっているようである。
 産業としての農業の展開を助長するためには、大規模経営を目指す事業者に耕地を長期的に集約していく必要がある。しかし、富山県では、耕地の転用による現金収入の期待もあり、長期的に集約させることを拒む傾向があるようだ。
 さらに現在の農家戸別所得補償制度はその運用によっては、農地集約に対する貸し剥がしも生じる懸念がある。

 いずれにしろ、兼業農家の温存を目指すのか、産業的農業の展開を目指すのか、地域としての姿勢を明確にして、地域づくりを進めていく必要があるようだ。

(統計データ)

(Apr.22,2012)



稲作兼業農家を支える仕掛け
─2010年世界農林業センサス─

 2010年世界農林業センサスの結果が順次発表され始めている。

 富山県の農業経営体数は22,906で、都道府県の中では、14番目に少ない。
 この少ない中に大都市圏の5都府県(東京、大阪、奈良、神奈川、京都)が含まれており、富山県の世帯数は都道府県の中で8番目ではあるが、ほぼ世帯数に見合っているといえよう。
 ただし、農業経営体数が富山県の世帯数の6%までに縮小してきたことにも留意が必要であろう。


 他方、この経営体の中に、個人経営でない経営組織体が949あり、他地域に比較してかなり多く、北海道、佐賀に次ぐ3番目となっている。


 経営組織体の多さは、集落営農体が798あり、これが滋賀に次いで多いことによる。


 この集落営農組織には法人でないものも多く、農業経営組織体全体としても非法人がかなり多くなっている。



 このように組織が多いのは、富山県なりの農業の形態を支える仕掛けとなっているためであろう。

 農業生産販売物による農家の分類では、ほぼ9割が米作専門農家となっており、全国で最も大きい比率となっている。


 一方、生産年齢人口(-64歳)の基幹的従事者はわずか4,003人(全体の11.1%)に留まっている。
 さらに-59歳とすると1,713人(全体の5.61%)である。
 これらの比率は、福井県と並んで都道府県の中では最も低いものである。水田稲作で労力が相対的に少なくて済むこと、他方で近隣に勤めることができる場があること大きな要因であろう。





 こうした中で、富山県の農家は、第二種兼業が83.4%を占め極めて多い。
 逆に専業農家は、9.2%の2,024に留まっている。



【専業・兼業の区分】
世帯員中に農業以外に就業している兼業従事者のいない農家
・専業農家 全収入が農業収入
世帯員中に1人以上の兼業従事者がいる農家。
・第一種兼業農家 農業収入が全収入の50%以上
・第二種兼業農家 農業収入が全収入の50%以下
 専業農家の中には、高齢者のみの世帯が相当程度含まれると見られる。
 

 現在の区分として使われている主業農家は5.7%の1,244に留まり、福井県に次いで少ない。
 ちなみに、これは、総世帯数の0.5%を割っている。



【主・副業の区分】
 1995年の農業センサスより、
従来の分類が以下のように改められている。
65歳未満の農業従事60日以上の者がいる農家
・主業農家 農業収入>農外収入
・準主業農家 農業収入<農外収入
65歳未満の農業従事60日以上の者がいない農家
・副業的農家
 この定義では、専農主婦がいれば主あるいは準主業になる可能性がある。




 経営耕地面積の規模では、他地域に比較して、0.5ha未満の零細が少ない。ただし0.5〜2.0haに集中しており、これを超える大規模経営が多い訳でもない。


 年間販売額別では、50万円未満が相対的には少ないが、概ね200万円未満に集中している。



「家政」
 家庭内の仕事を処理する手段や方法
  (「新潮日本語漢字辞典」)
 以上のように、富山県では、相対的に零細農家も少ないが、大規模経営も少ないといえよう。
 そして、親から受け継いだ農地をそれなりに維持しているが、水田稲作が太宗を占め、産業としての積極的な経営は展開していない。
 いわば、「産業的農業」に対して、「家政的農業」と呼べるようなものが多数はとなっているのが実態ではなかろうか。
 そして、多くの農業政策は、この家政的農業を支えるものとなっているのではなかろうか。集落営農、戸別補償は、この典型であろう。
 また、既存の農業組織は、こうした農家に支えられており、このような施策を指向する利益団体となっている。
 さらに、耕地の転用転売期待もあり、土地の流動化が極めて困難になっている。
 ただし、こうした実態は、富山の豊かな生活を支える要素ともなっていることにも留意が必要であろう。

 農業の産業的展開の必要性が主張されているが、それを真剣に進めていく主体が見出されない。どうも第三者が声を出して、農地保全とその流動化を叫び、起業家の出現を促し、新しい産業的農業の形成を図っていかなければならないのかもしれない。

(統計データ)

(Feb.13,2011)


2010農林業センサスの追加分析

稲作特化型農業
─田が卓越する地勢条件─

 2010年の農林業センサスによれば、富山県内には作物の販売を行っている農業経営体(農家等の事業者)が約22,000あるが、そのうちの89%は稲作の単一経営(単一の作物の生産額が80%以上)であった。この比率は、都道府県の中で最も高く、富山県に次いで、滋賀、新潟、石川、福井が並び、いずれも80%を超えている。全国での稲作単一経営の経営体の比率は、51%に留まっており、地域によって大きな違いがある。

 このように、新潟を含む北陸地方の農業経営は極めて稲作に特化しており、他地域では、稲作が相当部分を占めているとしても経営の実態がかなり異なることを理解しておく必要がある。特に、富山県では、兼業農家が極めて多く、今後の農業の在り方を考えるに当たっても、地域なりの対応が求められている。また、こうした農業が形成されたきた歴史的経緯が、農業はもとより富山県の生活全般を基礎付けており、住宅、都市など広範囲の状況にも深く関連している。


 富山県の農業が稲作に特化しているのは、地勢的条件から説明されよう。耕地の中での田の比率が96%であり、都道府県の中で最も高い。全国での田の比率は、55%に留まっている。(全国の耕地面積を検討す場合は北海道を除くのが適切であるがここでは含んでいる。)
 富山県を含む北陸地方、さらに日本海沿岸県で田の比率が高いのは、日本列島の形成過程で、この地域に河川の氾濫により田に相応しい広い平野が形成されたこと、さらに多雨の気候条件が重なっていることによるといえよう。
 特に富山県については、50万年前頃から北アメリカプレートとユーラシアプレートが衝突し、飛騨・木曽・赤石と続く山脈が隆起する中で、複合扇状地が 形成され、周囲が急峻な山岳に囲まれているため、居住空間がほぼ平野部に限られていることによって、耕地中の田の比率が極めて高い地域となっている。



 都道府県毎の耕地中の田の比率と稲作単一経営の経営体の比率は、相関が高いが、この相関から乖離して、稲作単一経営の経営体の比率が低いのは、佐賀、福岡、高知などであり、逆に高いのは石川、新潟、茨城などである。
 こうした乖離は、気象条件がさらに影響しているとともに、地域のその他の産業の状況(就業環境)などが影響しているものと推測される。


 農業経営体の中で田のある者の比率は、富山県で98%であり、滋賀県、兵庫県に次いでいる。
 この比率は、全国でも86%であり、かなり高く、稲作の国であることが現れている。


 一方、畑のある経営体の比率は、富山県では24%に留まり全国で最も低い。富山県に次いで低いのは、和歌山県、香川県となっている。


 樹園地のある経営体の比率については、富山県は5%であり、都道府県の中では、北海道、宮城県、滋賀県に次いで4番目に低い。
 この比率の高いのは、順に和歌山県、山梨県、愛媛県、静岡県と続き、それぞれ果樹の産地として知られている地域である。


 以上のような特色ある富山県の農業経営を今後どう方向付けていくか。
 まず、土地利用の観点からは、国際社会の食糧需給の脆弱さの中で優良農地を守っていくという責務があることは間違いない。
 同時に、人口減・高齢化の中で都市をまとめていくことが切実な問題として現れてきており、富山市ではコンパクトシティの提唱さえしている、この意味でも、市街地周辺部の農地の都市的展開を終息させることが求められている。
 これまで富山県では、土地利用計画制度をかなり柔軟に運用し都市の拡散を助長してきた。
 農地保全の方向性に仮に合意できるとしても、現在の農地所有者は、農地を兼業でとりあえず維持するとともに機会があれば転用によってまとまった所得を手にする財産として捉えらており、土地利用の適正化を図ることが心情的に極めて難しい状況が形成されている。
 このため、県全体として、適正な土地利用に関する共通認識を形成し、所得期待を解消させることがまず重要であろうと考えられる。しかし、こうした発想を促進できる主体は県内には存在しない。せいぜい利害関係の乏しい学識経験者がつぶやくだけである。
 次いで、新たな農業のあり方の観点からは、その経営体についての検討が必要である。
 富山県の各農業経営体の経営規模は1ha前後が極めて多く、兼業経営に手ごろである。このため経営を放棄することもなく、かつ他者に委ねるでもなく、新たな展開が極めて難い状況となっている。
 全国と比して集落営農が極めて進んでいるが、これも農地所有(兼業)をより容易なものとするための手法であり、本格的な農業経営を永続的に行う仕掛けとして組織されている訳ではないように見られる。この点も農地所有による所得期待が災いしていると考えて間違いないであろう。
 農業を支え振興する役割の農業協同組合もこうした農家を支えており、農業振興の方向とは乖離がでている。
 いずれにしても、農地の保全とともに適切な新しい農業経営のイメージを描き、これを共有し、地域の関係者の努力をしかるべき方向に収斂させていくことが急務である。

(統計データ)

(Mar.26,2011)


土地生産性の低い農業生産
―米作依存の農業―

 2007年の富山県での農業産出額は624億円で、全国の額の0.74%にとどまっている。
 都道府県で産出額の少ないのは、東京、大阪に続き、福井、奈良、石川、滋賀、島根と並び、8番目に富山がある。地域全体の面積が生産額を規定しているのは当然であるが、北陸から山陰にかけての日本海沿岸地域の小ささが目立つ。


 農業産出額の農産品別の構成を見ると、富山は著しく米に偏っており、産出額の71%を占めている。
 米の比率の高いのは、福井67%、新潟60%、秋田、滋賀59%、石川54%と続き、その他は50%未満である。
 北陸では、耕作に適した平野が広がっており、大都市近郊でもないが、農業以外の働く場所には比較的恵まれている。この結果、必ずしも生産性の高くない水稲単作を兼業によって続けている農家が太宗占めている。


 都道府県毎の耕地当たり耕種農業産出額を見ると、北海道が最も低いのは当然として、次いで岩手、宮城、滋賀、富山が0.9億円/km2で並んでいる。福井、石川も1.0億円/km2で少ない。


 農業産出額1億円/km2とは、100円/m2であり、さらに利益率を勘案すれば、100円/m2以下ということである。
 日本の平野部の地価は、都市的利用に先導されて決定されているといえようが、都市と近接する農地では、長く農業を継続する意欲を持ち難くするのは当然であろう。
 これまで、農地を積極的に保全するメカニズムはなく、また合意もなく、単に行政による農業投資の展開のために、農業的土地利用の制度があったように思われる。そして、多くの農地所有者は、転売の機会があれば幸いという発想を持ってきた。このため、農振法上の農用地区域であっても、関係者で構成する農業委員会は、転用をかなり柔軟に認めてきたように見受けられる。いずれにしろ、地域全体としても、敢えて厳しく土地利用管理をしていく発想は持ち合わせていなかったといえよう。

 しかし、人口減少の中で、都市的土地利用を拡大させる必要はなくなってきているし、むしろコンパクトにまとまっていくことが求められている。さらに、地球的な食糧危機が予測される中で、農地を保全することが重要な懸案となっている。
 今後の農業関連施策の展開は、農地の維持を念頭におかれる必要があり、都市の展開と重ねた将来像の合意がまず不可欠であろう。都市的利用の追加的需要が無くなる中で、時期を逸してはいるのだが、ようやく、この方向に進む環境が整ってきたともいえる。

 一方で、農業生産の振興に関しては、農業生産を自立的に行おうとする者の行動を支えるものとすべきであろう。自立的活動のないところで、支援を行政が無理して仕組んだところで成果は、ばらまきの効果を超えない。

 いずれにしろ、富山なりの農地管理、農業生産のあり方を早急に見出していく必要があろう。


(統計データ)

(Jan.25,2009)




稲作兼業農業

水田率
 富山県の日常的な生活空間は、ほとんど複合扇状地上にあり、民有地(評価地積)中の田畑の面積の比率は、全国の中でももっとも高い(裏からいえば林地が少ない)。また、灌漑により水の便に恵まれ、水田が主体で、畑地は全国の中でも極めて少ない。
 しかし、水田稲作の単位面積当たりの農業粗生産額(土地生産性)は畑作などに比べれば必ずしも高くない。この結果、富山県全体として耕地の土地生産性は、全国でも特に低いものとなっている。


 2007年の作物別延べ作付け面積構成比では、穀物・豆類で90%を上回るのは、富山県のみであった。
 一般に、都市圏では野菜が多い。  また、傾斜地での耕地の多い地域では、果樹等を含むその他が多い。

(統計データ)

(Apr.10,2008Add.)



農家の構成
 稲作の管理手法はそれなりに確立しており、労働生産性は高く、日曜農業という言葉もあるように、兼業農業を可能としている。
 これに加えて、工場等の働く場がある程度あり、結果として兼業農家が極めて多く、安定した生活を実現している。
 この結果、販売農家を主業農家、準主業農家、副業的農家に分けその構成を見ると、富山は福井と並んで、主業農家の比率が最も低い県となっている。

 →2010年世界農業センサス速報メモ


 主業農家の戸数そのものでも全国で最も少ないのは福井、次いで富山となっており、ともに1千戸台に留まっている。



産業としての農業


さらに激減、30歳代では増加
─農業就業者数─

就業
者数
増減

65歳
以上
比率
197584,509-38.118.3
198065,551-22.426.2
198549,575-24.432.0
199036,702-26.040.8
199532,576-11.255.0
200021,683-33.461.8
200523,039 6.364.0
201017,095-25.858.5
 2010年国勢調査による富山県の農業就業者数は17,095人であり、2005年に比較して、約6千人、25%減少している。


 ただし、減少したのは中高年層であって、30歳代は955人で、5年間で248人35%の増加となっている。
 この増加が他産業からのはみ出しでなく、主体的に農業をやろうとする者かどうかは検証していないが、産業的農業経営の展開を期待したい。


(統計データ)

(May.03,2012)





就業者数
増減率
65歳以
上比率
197584,509 -38.118.3
198065,551 -22.426.2
198549,575 -24.432.0
199036,702 -26.040.8
199532,576 -11.255.0
200021,683-33.4 61.8
200523,0396.364.0

増加した農業就業者
―2005年国勢調査―

 2005年国勢調査での富山県の農業就業者数は、23,039人であり、5年前の国勢調査に比較して、6.3%の増加となっている。
 これまで20世紀中では、農業就業者数は急速な減少を続けており、2000年国勢調査では、5年前に比し33.4%の大幅減少となっていたが、今回は、逆転して増加した。


 ただし、農業就業者のうちの65歳以上の者の割合は、64.0%と全体の2/3近くになっている。ちなみに全産業での65歳以上の者の割合は9.8%と1割に充たず、農業就業者の高齢化は著しい。



 他の産業から、農業へと流入した者がかなり多いのは、現在、団塊の世代が60歳に近づいているためであり、これまで他の業種で働いてきた者が新たな職場、新たな生活を求めているにもかかわらず、高齢者の雇用情勢には厳ししものがあり、農業へと流入していることを物語っている。
 今後暫くの間の農業就業者数の動向については、産業全体の景況にもよるが、一層のの増加を続けるであろう。
 ちなみに、10年前の国勢調査の結果では、高齢者の農業への参入は現在ほど多くなく、同じ趨勢が続けば2005年時点での農業就業者総数は、1万人程度までに落ち込むと見込んでいたが、様相が全く変化している。

 ただし、産業としての農業の今後を検討する場合、このような農業就業者数の動向とともに、いわゆる中核となる農業者の動向を把握していくことが重要である。
 他方で、農地保全の手段等として、高齢者の就業を積極的に評価していくことができないか検討する方向もあろうが、地域において、農地保全のあり方があまり語られておらず、展望は開けていない。
 もちろん、新たに農業に就業する人の個人的な生きがいとして、積極的に評価することができ、こうした就業者の動向自体を否定する必要はない。

(統計データ)

(Jan.03,2007.Rev.)



農業生産
 さらに、県民所得で見ても農業の比重は、既に極めて低いものとなっている。
 特定の地域にとってあるいは農業に現に携わる人にとって、農業生産の活性化が重要なことはいうまでもない。また、現在の行政制度では、農業施策を通じて、多くの地域基盤整備がなされており、この事実も十分踏まえて、農業の活性化の方向が探られなければならない。
 一方、食糧生産基盤の保持の観点から、行政を含め農業周辺の関連する各種業務の体制を変革していくことが一層重要な課題となっている。


経営規模別農家の構成
 兼業農業の極めて多い富山県の農家の経営規模は、全国と比較して1ha台が特に多い。


経営規模別農家の変化
 兼業農家等が減少する中で、今後農業は、経営感覚を持った者が、一定程度の生産性を持ち自立して経営していく産業として発展していく可能性を持っている。農業施策等もこれを積極的に支援するものとして明確に位置づけていく必要があろう。
 現在、農業生産法人は県内に約50ある。これらの法人が自立していくためには、土地の集約化がさらに積極的に進む必要がある。また、稲作だけでなく、冬期を含め年間を通した業務の複合化が図られる必要もあろう。

 近年、集落営農の組織化(@A)が進んでいるが、全ての組織が産業的な積極的事業展開を図っている訳ではないようである。
 (MAR.26,2008Add.)


 農業の就業者数や生産額からみて、経済活動全体の中では、農業が雇用や所得の場の確保のための産業として位置付ける必要は必ずしもなくなってきている。
 現在、稲作県の富山でも食料自給率(熱量)は76%で、自給水準を大きく下回っている。また、耕地の都市的利用への転換が急速に進んでいる。地球温暖化等により世界の食糧生産の不安定化が予想される中で、地球上の中でも気温と降雨に恵まれ、農業生産に適したこの地域で、農地の保全をどう図っていくか、食糧の安定的確保をどう実現していくかといった観点から、農業生産のあり方の再検討が求められているといえよう。

(統計データ)
(→1995年版)

(Jan.19,2003.Rev.)


 

依然として旺盛な新規宅地需要
─農地改はい面積の推移─

 最近3年間(2006〜2009年)の富山県での耕地の改はい面積は470haであり、人口一人当たり4.3m2であった。全国平均では5.4m2である。
 都道府県の中でこの面積が少ないのは、順に東京、大阪、神奈川、兵庫、京都などと並び、富山県は全国で11番目に少ない位置にある。


 1980年代以降の耕地の年々の増減率をみると、富山県では、1990年代半ばに1%を超える減少が続き、全国水準の0.9%弱の減少を上回っていた。
 この時期は、団塊ジュニア世代が結婚により新たな世帯を形成し、住宅を求めた時期に対応している。
 その後、次第に減少幅は縮小し、現在では全国の減少幅よりかなり下回っている。


 富山県の年々の耕地の改はいを用途別に分けてみると、宅地・工場用地等の都市的用途が太宗を占め、それが大きく減少してきていることが分かる。
 これは、人口減少の中、また景気低迷の中で、その需要が減少してきているためといえよう。
 ただし、2005年以降は、宅地等で100ha弱の横ばい、都市的用途合計で130ha強の横ばいとなっており、人口減少にも拘わらず、一定の宅地整備が続いていることも事実である。


 全国都道府県の耕地の改はいを都市的用途、農林業用途、その他(放棄等)に分け、その構成比をみると、富山県は、都市的用途が90%を超え、大都市圏の都府県と並んでいる。


 富山県での放棄等による改はいは、最近3年間で、0.3m2/人で、全国の2.6m2/人に比べてかなり小さい。
 全国で小さいのは、神奈川、東京、大阪、滋賀と並び、富山県は5番目にある。


 富山の耕地はその殆どが複合扇状地で、これに加え射水平野等の沖積性の平野があり、山間地は極めて少ない。
 この結果、殆どが連たんした水田の優良農地であり、兼業稲作を勝手に放棄することができなくなっているともいえる。
 近年、集落営農の組織率が際立って高くなっているのはこのためであろう。


 他方、都市的利用目的の改はいについてみると 富山県では、最近3年間で3.9m2/人と大きい。
 これは、全国の2.5m2/人の1.5倍であり、都道府県の中では16番目の大きさとなっている。


 新たな世帯形成の減少と低迷する景気動向の中で、年々の新設着工住宅の戸数の推移はかなり減少している。
 このため、宅地需要も減少してきていると考えられるが、既存都市地域の宅地の有効利用が必ずしも円滑に進まず、郊外の耕地等に新規の宅地が求められ続けているようである。


 今後、人口の減少、経済構造の変動のなかで、ネットでの宅地等の需要が減少していくことは間違いない。しかし、都市郊外の耕地の宅地化が旺盛に続いている。
 このため、食糧生産の基盤でもある農地の減少を如何に抑制していくかが、引き続き重要な課題であり続けている。しかし、これまで殆ど効果のある手段は講じられてきていない。
 他方、人口の減少やその高齢化等に鑑みると、既存の都市地域にまとまって住むことも重要な課題として認識されてきいる。
 このため、コンパクトシティの提唱等がなされているが、有効な手立ては工夫さていない。
 このように、現時点での土地利用の課題は、一方で、都市の外延部への拡散を如何に抑制するかという課題があり、同時に一方で、拡散しきった居住を如何に一定地域にまとめていくかという課題が明確に浮かんできている。
 いずれにしろ、これまで、土地利用に関する効果的な手立てを打ってこなかったことのつけが、一層明確になり、困難な状況に陥っているといえよう。

(統計データ)

(May.04,2010)


 

極めて減少した耕地の転用
─耕地減少量の推移─

 富山県での耕地の年々の変化量(かい廃と拡張の差)の推移を見ると、高度経済成長時代の終盤、1960年代から次第に減少量が拡大し、減反時代の1970年代に入って減少幅が急拡大した。その後オイルショックの影響による1970年代後半の減少もあったが、団塊の世代の住宅需要期と重なり、以降1980年代初めまで大幅な減少が続いている。
 1980年代後半は、プラザ合意に基づく内需拡大を契機とたバブル経済の発生を背景として、再び減少幅が拡大し、さらに団塊ジュニア世代の住宅需要期とも重なり、2000年代前半まで続いてきた。
 その後、'0年代後半は、小幅な減少で推移している。

 現在の減少は年々100ha台であり、かつてに比較すれば極めて少くなっているが、これをどう評価するのか。
 宅地等の需要を包括的に見れば、空き家率も高くなっており、道路も極めて整備されており、この水準でも無駄な農地転用が進んでいるという評価もありえよう。しかし、潜在的農業生産力の維持の面から言えば、厳しさは和らいでいると言えるかもしれない。
 ところで、県全体で、年々100ha(1km四方)台の減少といのは、仮に全て転売されているとすれば、1,000円/m2で合計10億円、10,000円/m2で合計100億円に相当する。このような所得期待があると、生産性(人的生産性)の高い農業のために必要な農地の集約化を阻害している面がかなり強いのではなかろうか。農業生産のあり方を考える中で、農地の減少は、むしろ転売による所得期待の方が課題となっている可能性がある。このためにこそ、農地の転用を厳しく管理する施策が必要ではなかろうか。

 なお集落営農の組織数が極めて多いが、兼業農家が農地を維持するための手段になっているように思える。
 また、農家の戸別所得補償制度が農地の収穫を阻害していることも指摘されているとおりであろう。

 以上のように、農業に関わる多様な政策制度が、生産性(人的生産性)の高い農業の拡大を阻害していることは間違いないであろう。


(統計データ)

(May.15,2001)


 

農地転用は収束に向かう?
―農地改廃面積の長期的変動―

 富山県での農地転用許可・届出面積は、現在、300ha強/年となっている。
 これは、人口1人当たり3m2(約1坪)であり、決して少ないものではない。転用後の用途としては、宅地等が過半を占めるが、工場用地や道路等への転用も大きい。
 農地転用の長期的推移を見ると、1970年代前半に大幅の転用があった後、バブル経済期の1990年代初に再びピークが見られた。
 バブル経済崩壊後については、必ずしも大きな落ち込みはみられず、1990年代後半にも緩やかな盛り上がりが見られる。これは、第二次団塊の世代の結婚・家族形成期に当たり、住宅地需要があったためと考えられる。1世代の間隔に相当する25年前の1970年代前半のピークは第一次団塊の世代の動向に対応するものであり、今回は、バブル経済による盛り上がりが先行したため小幅の盛り上がりにとどまったものと見られる。
 以上のような理解に立てば、今後の年々の転用面積は、相当程度低下する可能性がある。


 耕地面積統計によって、その年々の増減(改廃−拡張)の推移を見ると、実際の変動は、許可・届出よりやや遅れており、富山県では、1992年及び1995年が改廃のピークとなっている。
 なお、全国では、1990年代全体としての緩やかな盛り上がりは認められるが、富山県のようなピークは見られない。これは、全国では、住宅建設以外を目的とした転用も多いためと考えられる。


 農地転用が進む中で、富山県の耕地等(民有課税地)の総面積は、年々減少しており、現在、田は、約6万haとなっている。50年間で凡そ2万haの減少であり、現在の年々の縮小幅は、約0.5%である。
 富山県を範囲とした食糧需給を見るとでは、米については、当然自給しているが、熱量需給率では約3/4で、既に自立できない水準に陥っている。


 日本全体としての食糧熱量自給率は、既に40%を割り込んでおり、多くを輸入に頼っており、さらに、自由貿易市場で一層多くの食糧を求めることを要請されている世界食糧機関(FAO)の見通しでは、今後の世界の食糧需給は、均衡して推移するとされているが、年々の生産については、極めて不安定なものとなりつつあると見らる。このため、食糧確保のための危機管理を日本なりに進めていく必要があり、こうした中で、食糧生産に恵まれた富山で、耕地を年々減少させていることは、大きな問題を抱えているといえよう。
 今後、新幹線の建設等でさらに、転用が予定されており、その他の転用については、ほとんど止めることが求められるのではなかろうか。ただし、農業生産を継続し、農地を維持管理していく体勢は既に崩壊しており、潜在的な生産能力を地域なりにどうやって維持していくか、その方策が検討・提示されることがまず求められている。

(統計データ)

(Apr.30,2003.)



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(May.15,2001Rev./Apr.30,2003.)