第3章 ゆとりある郷土
第2節 都市集中と過疎化

第1項 分散居住と都市集中
―発散する都市―

(1)分散居住
(2)発散する都市
(3)分散居住の課題

 「ゆとりある居住環境」や「人口に比し数多い施設」、「自動車社会」など富山の特徴を示す多くの事象は、人々が富山平野に分散して住んでいることを根拠とすると説明しやすい。多くの富山県の解説書でもJRの駅毎に中小規模の都市が連なっていたとされている。また、散居村を例として富山県全体に都市が分散していることを述べることもある。

 富山平野は主として複合扇状地で形成されており、沖積平野は射水などの一部に限られている。沖積平野では浸水の被害を避けるため自ずと高台に集まって住むこととなる。しかし、扇状地上では河川の氾濫の被害はあるとしても、都市的機能を別にすれば、集まって住む必然性はなく、自らの耕作する農地の隣に住むこととなったようだ。このことは、衛星写真で富山平野の様子を観察するとよく理解できる。また、富山市の周辺と金沢市・福井市の周辺との違いについても理解できる。
 さらに、我が国の経済発展、社会の近代化とともに、もともと広く平野に分散して居住していた人々が、都市に向かって集まったが、早くから鉄道の整備が進められた富山県では、これが日常生活の通勤・通学に利用され、かえって、人の居住地の集中は進まなかった。兼業農業が人を離さなかったことも大きい。人口が集中しなかったことについては、富山県では背後の山間地域が少なかったため、そこからの人口の移動が限られていたこともあげられよう。さらに、一方では、中心都市自身の都市形成力による吸引要因が弱かったこともあろう。ちなみに富山県の総人口の中での都市計画上の市街化区域に住む人口の比率は、42%に留まっている。
 他方、他県との相対的な比較は困難であり、証明も難しいのだが、都市への集積があってもその周辺部への滲み出しを許容(@A)してきたことなど、都市計画法、農業振興法の運用が適切でなかったこと、あるいは人々の財産権の自由を尊重して柔軟に運用されてきたことも人口の非集中の一因に挙げられるであろう。
 しかし、中心都市富山市への一極集中は漸次進んでおり、近年では都市の発展が周辺市町村に広がっている。

(1)分散居住

 都道府県の統計的な比較により、分散居住の状況を説明することは容易ではない。これは、各県が必ずしも富山県のようにほどよく一つにまとまっておらず、幾つかの圏域の複合体であることが多いこと、市町村の境界が人口集積の境界と必ずしも一致していないことなどから行政区域を単位としたマクロ的な統計だけでは把握し難いためである(富山県を幾つかの広域生活圏に分けて捉えることもできるが、基本的には1つの生活圏と考えられよう。)。さらに近年は市町村合併が進み、明確な核を1つ持つこととした基準(「町としての要件」(Web_Site『富山県例規集』))が崩れており、統計からの考察が一層困難になってきている。
 専門的に分析するのであればメッシュデータの活用も考えられるが、以下では国勢調査の都市的地域の定義であるDID(人口集中地区)を範囲とした統計を活用する。ただし、統計の経年変化の評価では、DIDが国勢調査の調査区を単位としており人口の動向によってその範囲に変化があることに留意が必要である。

DID人口比率
 富山県の総人口のうち、DIDに住む人口の比率は、37.1%であり、これは全国では、10番目の低さである。
 全国でDID人口比率の高いのは、大都市圏、地方中枢都市(札幌、仙台、広島、福岡)所在道県及び沖縄であり、低いのは、島根、岩手、佐賀、徳島、山梨、香川と続く。多くの地域の比率については、地域毎の事情に相当通じていないと予想できないパターンの定かでない分布になっている。

 ちなみに、DID人口比率の低さによって、県内の各市は、地方自治法に規定する原則としての市の要件を充たしていない


分散居住に関するこれまでの分析
2005年 施設が遠い―2003年住宅土地統計調査―
1997年 富山は4極構造―通勤行動による市町村のグループ化―


DID人口密度
 また、富山県でのDIDの人口密度は、3,864人/km2で、全国でも2番目の低さである。
 全国の多くの地域と同様に、富山県でも県内人口の県庁所在都市に向かった都市集中が続いている。しかし、富山県では平野が大きく広がっていると同時に、個々の世帯が広い一戸建てを指向するため、都市での人口の集中度合いは極めて低いものとなっている。この結果、乗用車の保有率が高いいわゆる車社会が形成され、これがさらに都市の密度を低くする原因となっている。

 人口等の都市集中の実態を把握するため、国勢調査では、調査区を単位として人口集中地区(DID;Densely Inhabited District)を判定し、それに基づき人口等を集計している。ちなみにDIDは、人口密度4,000人/km2以上で5,000人以上が集まっている地域と定義されている。ただし、都市的利用地区を念頭においており、工場を始めとする各種施設用地があり人口密度が基準を下回る場合でも当地区に含まれている場合がある。DIDの人口密度の都道府県間比較ではこのことについの留意が必要である。

DID人口比率と密度の相関
 DID人口比率とDID人口密度は、比較的高い相関があり、いわば都市化の進んだ地域ほど、高い密度で住んでいるといえる。
 こうした中で、富山県については、人口の都市に向かっての集中が進みながら、都市を形成していない、あるいは極めて低密度の都市を形成している状況にあるといえよう。
 さらに言えば、都市を解体させつつあるようにさえ見られる。



(2)発散する都市

富山DIDの推移
 富山県では、かつてDID人口の増加とともに、DID面積も増加し、結果としてその人口密度が漸次低下していた。1990年代前半でも、DID人口は約8,500人程度増加している。
 しかし、1990年代後半では、地区面積はほとんど変化しなかったが、DID人口が大幅に減少し、人口密度が一層低下した。
 さらに、2000年代の前半の5年間には富山県の人口集中地区は、面積の減少があったが、後半の5年間では、上市でDIDがなくなった一方、射水、入善で新たにDIDが形成されている。こうした中で、人口密度は40人/haを割る38.6人/haとなっている。


各都道府県のDID人口比率の推移
 全国では、DID人口は総人口の増加を上回って増加しており、都市集中の進んでいることが見られる。これに対して、富山県と同様に、DID人口の減少が進んでいる県もある。しかし、富山県のDID人口の減少幅は特に大きい。

 富山県でのDID人口比率は1990年の39.1%から1995年には39.8%と若干上昇した後、2005年までに35.8%へと低下している。
 しかし、2005年から2010年までの間では新たにDIDに組み入れられた地区もあり、37.1%に増加している。
 都道府県毎のDID人口比率の推移を見ると、富山県での低下は際立ったものであることが分かる。
 この結果、都道府県の中での低い方からの順位では、富山県は1990年には17番目であったものが、2010年には10番目低下している。

人口の都市集中に関するこれまでの分析
2003年 都市集積の崩壊が進む富山―1990年代のDID人口の変化―
2004.年 1990年代中後半の人口スプロール―市町村の人口変動―


各都道府県のDID人口密度の推移
 全国各都道府県のDID人口密度の推移をみると、富山県は極めて急速に低下を続けており、既に全国の中でも最も低い水準になっていることがわかる。

 なお、山口県で人口密度が4000人/km2を下回っているが、瀬戸内海沿岸の埋立地に工場地帯が広がっているためである。富山県の密度の低さの一因として、工場地帯の広がりがあるが、これは密度の急速な低下の要因ではない。



(統計データ)

(Dec.22,2011Rev.)



(3)大きい調整的地域の人口割合
─都市計画地域別人口比較─

 2010年国勢調査では、都市計画の地域区分別の人口等が集計されている。
 これによれば、富山県の人口の居住地域は、都市的には整備していかない方針の地域(線引き都市計画区域の調整区域及び非線引き都市計画区域の非用途地域)の割合が、37.3%となっており、都道府県の中では5番目に大きなものとなっている。
 富山県より大きいのは、香川、佐賀、茨城、群馬であり、いずれの県も平野部が広がり、人々が散らばって住んでいる。
 このような分布状況は、各地域の歴史的経緯もあり一概に言えないが、人々の居住地域を都市的地域にまとめる努力を怠ってきた可能性がある。少なくとも富山県にあっては、全国一律の都市計画制度、農業振興計画制度のもとで、建前として都市的には整備していかない方針の地域に、安易に小規模の住宅団地を乱立させてきたきらいがあり、現在でも続いている。
 これは、総論と各論を異にする課題であり、農地所有者の農地転売による所得機会を否定することができず、また、土地開発関連事業者の事業機会を否定することができず、さらに住宅需要者の安価な住宅地取得の要求を否定できず、節度のない土地利用の展開が続いているものである。
 このままでは、人口減少と高齢化の中で、極めて居住し難い地域となっていく。このため、このような土地利用の展開は、早期に否定する必要がある。現在、富山市ではコンパクトシティの整備を宣言しているが、このような現状と矛盾していることは明らかである。

(統計データ)

(Apr.26,2012)

(ここまで、2010年国勢調査のデータに改訂)

 ちなみに、1990年以降15年間でのDID人口密度の変化幅を見ると、富山では4.6人/ha、10%を超える減少となっており、日本の中でも特に大幅の低下となっている。
 DIDはその範囲も変化するので、その人口密度の変化を単純に捉えることができない。しかし、長期的には、都市の密度の低下を示していることは間違いない。
 全国の中では、東北、北陸の日本海沿岸県で人口密度の減少幅が大きいが、これは米作中心の平野が広がる地帯で空間的ゆとりを節度なく享受してきた顕われであろう。



 人口密度4,000人/km2とは極めて低密度の住宅地であって、戸建て住宅でも住宅地が連続して広がっている限りはこれを超える。実態は、既存市街地から転出する人口と県内全体から富山市等に向かって集中する人口に対して、富山市等の郊外に新たな住宅地が形成されてきたものの、5,000人以上のまとまった規模を持っていないというこであろう。



DIDと人口増加 2000-2005年

人口増合計DIDでの
人口増
DID以外での
人口増
全国842,1511,521,733-679,582
富山-9,122-31,48522,363
石川-6,951-5,095-1,856
福井-7,352-3,352-4,000
県内市町村毎のDID人口の変化
―都市周辺地域(DID周辺地域)への人口移動―

 富山県での最近5年間(200-2005年)のDID人口は、31,485人の大幅減少となっており、この間の県全体の人口減少9,122人を大きく上回っている。これは、DID以外での人口が、22,363人の大幅増加となったためである。


2000-2005年での
DID消失地区
2000年人口
井波5,148
福光5,096
入善5,320
新湊U5,177
 この間の人口数の減少については、人口集中地区の範囲が減少していることも寄与していることに留意が必要である。ちなみにDID消失地区の2000年時点での人口総数は20,741人であった。


 DIDの範囲の変化を勘案し、現在のDIDを基準にして述べれば、2000年代5年間の富山県の人口の減少幅は、ほぼDIDでの減少幅と等しい。丁寧に述べれば、都市周辺地域(DID周辺地域)への人口移動が進み、都市が崩壊していることを示している。


 DID内外の人口変化を見ると、DID内人口が増加したのは、小杉の75人のみであった。
 富山、滑川、新湊、魚津、黒部では、DID内人口が減少し、一方でDID外の人口が増加している。
 また、砺波を始めとするDIDがない市町村での人口増加も見られる。
 他方、高岡、氷見、小矢部では、DID内外で人口が減少している。
 南砺、朝日などでは、DIDがなく、人口も減少している。



(3)分散居住の課題

 DIDの定義は都市地域を抽出するためのものである。都市のイメージをどのように描くかにもよるが、これに達しない地域というのは、都市機能を形成していない地域を意味していると考えられよう。

 都市機能の充実を指向しない分散居住は、住生活での空間的ゆとりを享受できることが最大のメリットであろう。また各種施設の整備においても土地利用が容易である。
 しかし、ディメリットにも留意が必要である。
 分散居住の生活を支える各種基盤施設の整備等にはそれなりに経費が嵩む。
 富山県では人口当たりでみた各種施設が多いとされるが、これは、平野に分散して居住する県民の需要に応えるためであり、施設当たりの人口で考えれば、経営効率が悪いことは明白であろう。さらに、施設数が多いとしても、県民それぞれの住宅から施設までの距離も、概して遠いようである。
 また、各種の給排施設の整備維持にはコストがかかっている。特に、下水道の整備には多大の費用をかけてきた。
 さらに、日常生活に車が必要となっており、多様な負担がある。また公共交通が衰退しており不都合が生じている。これらについては、高齢時代地球温暖化時代において課題が多い。
 一方、都市のもつ諸機能が欠けることの問題点にも留意しておく必要があろう。
 商業・サービス業を中心とした経済活動の課題は多い。さらに、現在新たな社会資本の議論が起こっているが、人と人、事業者同士のネットワーク社会の形成についても好ましくないことを認識することが重要であろう。
 他方、食糧危機時代における農地の保全の観点からも分散居住の弊害が多いことはいうまでもない。

 分散居住も一つの選択ではあるが、魅力ある都市の形成には、懸念される面が多い。
 これに対して、コンパクトシティの提唱が始まっている。ただし、人口動態から見れば、住宅建設が進む団塊の世代の世帯形成期の前、さらにはバブル経済の前に主張すべきことであり、タイミングが遅すぎたといえる。としても、今後のあり方として指向すべきことは間違いないだろう。

 しかし、人口が減少していく中で、どのようなメカニズムを通じて実現していくか困難が多い。
 市街化調整区域や線引き都市計画区域の外側に住宅の整備が進んできたこれまでの動向が、各種の土地利用計画に違反しているというわけではないが、土地利用関連の計画・制度がその趣旨に沿って機能していないことは明らかであろう。このため、早急に県内の土地利用の実態を明らかにし、県民が共通認識を形成し、しかるべき方向に進むことが必要なのではなかろうか。

(旧統計データ)

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(Apr.26,2012Rev./1996.Orig.)