第2章 富山の舞台
第2節 人口動態の転換

第2項 人口総数

1.動向と年齢構成

 

富山の人口は1.7%減
─2010年国勢調査結果速報─

5年間の人口の変動

2005年(人)2010年(人)増減数(人)増減率(%)
富山県1,111,7291,093,365-18,364-1.70%
全国127,767,994128,056,026288,0320.20%
 国勢調査(2010年)の結果として人口総数などが発表され始めている。
 富山県の総人口は、1,093,365人であり、前回の国勢調査(2005年)から18,364人、1.70%の減少となった。
 全国でも人口の減少が始まっているが、5年前との比較では、288,032人、0.20%の増加となっている。


 この5カ年間での都道府県別の人口の増減では、減少は38道府県となり、増加は9都府県に留まっている。
 富山は、1.7%の減少で、ほぼ中間的な位置にある。


 右図は、横軸に2005年時点での人口、縦軸に5カ年間の人口増減率をとったもので、矩形の面積は人口増減数に比例している。
 人口の増加は、ほぼ大都市圏に限定されており、特に、東京圏への集中が著しい。
 近畿圏では、滋賀県での増加が目立つ。
 また、沖縄県が例外的に増加している。
 他方、減少地域については、青森県で5%を超すなど北東北、山陰などでの減少が著しい。
 なお、宮城県や広島県などの地方中枢都市所在県でも減少となっている。

  参考→都道府県毎の人口減少局面への転換



 富山県内での人口の増減については、率としては舟橋村の増加が著しく、11%増となっている。
 富山市も増加となっている。これはかつては県内全体から旧富山市に向かっての移動がその周辺地域の旧婦中町等の人口増加となっていたものが、合併によって新富山市となったためである。
 砺波市は8人の減少にとどまったが、これは南砺市等からの流入があっためである。
 滑川市、立山町、射水市は富山市の周辺にあって軽微な人口減少に留まっている。


(統計データ)

県推計人口と国勢調査人口の乖離の周期性
─Uターン人口の拡大期─

 人口の減少趨勢の中で、年々減少幅が拡大していくことは、人口の年齢構成の特徴から予測されていることである。
 ちなみに、今回の減少幅の拡大は、景気低迷の中での外国人の減少によるところも大きい。

 人口の動向は地域にとって重要な指標であり、住民登録、外国人登録の変化から「県推計人口」として毎月発表されている。
 この2010年10月1日現在の推計人口は1,090,367人であり、国勢調査結果に比べて2,998人も少ないものであった。
 県推計人口の基礎となる登録は必ずしも実態と合わないため、乖離がでるのは避けられない
 ただし、国勢調査人口が増加したのは、25年振りのことである。実は25年は、人口ウェーブの1周期、即ち親から子供の世代への間隔であり、人口の社会移動で同様の現象が起こっていることが推測される。
 例えば、2005年時点で県外の大学等へ進学していながら住民登録を移動していない人は、県人口から除外され、以降の県推計人口はこれをもとに計算されてきているが、2010年に戻ってきておれば県人口に改めて加えられることとなり、人口推計と国勢調査人口の乖離となって現れる。人口ウェーブから乖離を厳密に説明することは多少煩雑な説明が必要であるが、こうした現象が起こっていることは間違いないであろう。



(統計データ)

(Feb.28,2011)



団塊の世代の人口比が全国で最も大きい
─人口年齢構成比較─

 2010年国勢調査での人口の年齢別構成比を見ると、富山県は60歳代前半の団塊の世代が都道府県の中で最も大きい。
 また、団塊ジュニア世代に当たる30歳代後半は、大都市圏の都府県に次いで大きい。
 これに対して、大学学齢期の20歳前後の構成比は極めて小さい。

 このような形となっているのは、従来から、県内での大学の収容力が小さく、県外への転出者がかなり多いが、県内には就職先があり、相当程度の者が戻ってきているためといえよう。
 また、今後の5年間で65歳以上の高齢人口の比率が急速に増えることは間違いない。





(統計データ)

(Apr.21,2012)


110万人を割る人口
―2009年2月人口推計―

 2008年10月現在の富山県の総人口は、1,101,292人となり、3年前の国勢調査に比して減少幅は1万人を超えた。2009年1月の人口は、1,100,230となっており、1月中に110万人を割るのは間違いないであろう。
 富山県では、既に1998年から人口減少の時代に入っているいるが、今後、年々の減少幅は、さらに大きくなっていくことが予想される。

 なお、右図の人口の推移に不規則な変動があるが、これは人口推定の曖昧さによるものである。推計人口統計における人口総数は、基本的には前期の人口総数に自然増減、社会増減及び外国人登録の変動を加えて求められる。ただし、国勢調査時に住民登録等の無届出分が調整されるため、5年毎に不連続なものとなっている。ちなみに2005年時点では、2,963人減少の調整がなされている(2004年10月から1年間の推計上の変動は1,614人の減少)。


人口増減の転換局面におけるこれまでの分析;
1996年人口総数と年齢構成(本文旧版)
1998年人口は再び流出超過に
2000年、2006年(追加)各都道府県の人口減少局面への転換年
2000年、2002年(修正)均衡が続いている出生と死亡
2001年、2006年(修正)中国人を中心とする外国人登録の増加
2001年平成12年国勢調査速報集計
2004年前年比人口の増加―雇用安定による社会移動の減少?―
2007年人口減少時代の地域設計―経済活性化との矛盾?―


明確化する人口減少の加速

 人口動態の詳細な内容については、次に整理するが、これまでの変化を総括すると次のようになろう。
 まず、増加幅縮小傾向の1990年代における小康状態については、団塊ジュニア世代のUターン期で説明されよう。ただし、人口の東京圏集中の流れがバブル経済崩壊により一時的に停滞したこととも重なっている。
 次いで、1990年代半ば以降は、団塊ジュニア世代の出産期に差し掛かっている。ただし、この間、合計特殊出生率の低下と重なり、出生数は約10年間以上にわたって1万人前後の水準で横ばいが続いた。
 これらの動きに加え、不規則な変動として、インフルエンザ等による高齢者の肺炎での死亡の年々の変化が重なっている。
 2000年代に入ってからの動きについては、人口の東京圏集中による社会移動の流出基調の上に、高齢者増加による死亡数増加、出産期人口の減少と合計特殊出生率低下による出生数減少が進んでおり、人口減少が加速している。

錯綜する最近年の動向
 なお、まだ確認できる段階ではないが合計特殊出生率の下げ止まりが起こっているかもしれない。ただし、この動向は、景気動向にタイムラグを持って起こるともいわれ、現下の景気情勢の中で、再び低下趨勢を強めている可能性もある。
 また、経済後退の中で、大都市圏に向かっての人口流出幅が低下している様子もある。一方、外国人の流入が続き人口の増加要因となっていたが、景気動向の中で、ブラジル人の減少が進んでいる。




 

人口増減の内訳

 人口の増減の内訳について、社会増減は微減の基調が続いているが、自然増減については横ばいから、2003年に減少に転じ始めた。今後、年々の人口の減少幅は一層拡大していくであろう。
 最近の経過を見ると、2004年6月1日、7月1日には前年同日比で増加となっていた。


 人口の自然増減のうち、出生数については、1990年代以来、年間ほぼ1万人で安定していた。これは1990年代後半が団塊ジュニア世代の出産期であったにも拘らず合計特殊出生率の低下があり、変動要因が相殺されていた結果である。しかし、2003年からはこの時期から抜け、今後、出産世代の人口の減少により、出生数が次第に減少していくと予想される。

 死亡数については、人口の高齢化とともに増加していくことは間違いないが、年々の死亡数については、その年の気候の状況、流行性感冒等の程度などによって、高齢者の肺炎による死亡数が大きく変動する。

 このような出生、死亡の結果、今後の長期的趨勢として、減少幅が大きくなっていくことは確実である。


 人口の県境を超えた社会移動に関し、団塊ジュニア世代は、1990年代前半に大学進学し、1990年代半ばに卒業している。ただし、移動の時期と合わせて確実に住民登録を変更している訳ではない。

 なお、2003、2004年の転入人口の増加の大きな要因は、中国人を中心とする外国人登録の増加がある。ただし、景気が後退局面に入って、2007年後半からブラジル人が流出し始めているとみられる。さらに今後の厳しい経済情勢の中で、中国人が減少かることも予想され始めている。
 
 また、人口の社会移動の別の要因として、1990年代後半以降の移動については、県内に立地する全国ベースの大企業の構造改革の中で、人口の流出超過があり、さらに、大都市圏に向かった人口移動の趨勢が強まっていたが、景気の後退の中で、転出の趨勢が弱まってきているとも予想される。



(統計データ)

(Feb.01,2009Rev.)



 

減少局面に入った日本の総人口
―2008年推計人口―

 総務省統計局の人口推計は、国勢調査(5年毎10月1日)を基準に、人口動態統計による自然増減、出入国管理統計による社会増減(都道府県人口は住民基本台帳への届け出)を年々加減することによって求められている。

 日本の総人口は、2005年に一時的に減少したが、その後2年間は微増が続き、2008年に再び減少となった。総人口の減少は既に大きな話題とされてきたため、今回の再度の減少はあまり省みられていない。
 詳細には、日本人の人口は既に2006年から減少し始めていたが、外国人の増加があって、総人口の再度の減少は2008年となったものである。
 現在の景気動向の中で外国人の入国は減少しており、今後、総人口の減少は確実に続き、その減少幅が次第に拡大していくことは間違いないだろう。


 人口増減の反転期は、出生・死亡・社会移動そして、日本人・外国人の動向の僅かな変化が総数の微妙な変化に影響を与える。
 出生数と死亡数の差の自然増減では、2006年横ばいに続き、2007年減少となっている。
 社会移動では、外国人の増加幅の横ばいに続き今後の減少が予想されている。一方、日本人の流出増加の兆候が見られるが、これは、一層増加していくのであろうか。あまり注視されていないが、今後大きな問題になっていくのかもしれない。


 他方、国内の都道府県毎の人口の増減では、2008年に増加となったのは、南関東の4都県と愛知・滋賀及び沖縄の合計7都県のみであった。
 人口増加都府県数のここまでの減少は2010年以降と考えられていたが、現在の経済動向の中で、大都市圏に向かっての人口転出超過幅が縮小したためである。この傾向は、2008年度後半で一層強くなっており、2009年推計では大都市圏での人口増加幅が一層縮小しているであろう。ただし、これまでの増加幅から見て、増加都県数が2009年にさらに減ることはないであろう。
 富山県の人口の1年間の減少率は、都道府県の中では、中ほどにある。ただし、人口減少幅の大きいのは、東北、山陰、北海道などであり、中部としては、大きな減少幅となっている。

 なお、人口推計の有効数字は千人であり、富山県では総人口のほぼ0.1%に相当している。このため、1年間の増減率の議論は、かなり危うい数値であり、増減率の%表示で小数点以下2桁目は本表示すべきでないであろう。総務省統計局の発表には小数点以下2桁目が表示されているが、人口総数を千人単位に丸める前の数値による計算であり、ある程度の信憑性があるのかもしれない。



 右図では表していないが、人口増加都県では、概ね自然増・社会増がともに見られ、減少道府県では概ね自然減・社会減が同時に見られる。これは、人口移動は主として若年層で起こっており、人口流入の大きな都県では人口の年齢構成が若年層に偏っているためである。
 ただし、2008年では、大阪・福岡は社会減が自然増を超え、人口減少府県となっている。また、三重では自然減が社会増を超えている。他方、沖縄については、自然増が社会減を超えている。


(統計データ)

(Apr.21,2009)



 

年齢構成 ―出生数減少時代の明確化―

 第一次団塊の世代のピークは、50歳代後半に入っており、退職期に入りつつある。
 第二次団塊の世代のピークは、30歳代に入っており、出産期を通過しつつある。
 第三次団塊の世代は形成されておらず、年齢別人口の減少の中での踊り場(横ばい期)が10年以上続いた。
 全体としては、高齢者層が大きく膨らんだ高齢社会となっていることがまず目立つ。
 一方で、0〜2歳層で今後の人口減少が見られ始めている。今後、この減少は第二次団塊の世代のピーク(30歳代前半)からの減少の趨勢に対応して進むため、今後出生数が極めて少なくなることが容易に読み取れる。

人口ピラミッドの解説
高齢者の活躍に期待



 第一次団塊の世代の構成比は全国でも最も大きい。
 これに対して第二次団塊の世代の富山県の子供を産む世代の年齢別構成比は、全国平均より小さいが、これは社会移動とともに、かつての出生率が低かったことが原因としてあげられる。


 2005年国勢調査の年齢階層別構成比については、15歳未満13.5%、15-64歳63.2%、65歳以上23.2%であった。
 1%抽出集計では、例えば65歳以上人口比率は24.7%となっており、誤差が相当あることに留意しておく必要がある。

(統計データ)


 富山県の高齢化人口比率23.2%は都道府県の中では、19番目の大きさであり、「高齢化は中ほど」と捉えるべきであろう。


 富山県の年少人口比率13.5%は都道府県の中では、少ない方から8番目であり、「年少人口の減少は早く進んでいる」と捉えるべきであろう。





(統計データ)

(Aug.30,2007.Add.)



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(Feb.01,2009Rev./1996.Orig.)